極限環境の湖からヒトの500倍のヒ素耐性を持つ線虫を発見〜極限環境生物の適応メカニズムを解明する糸口に〜明治大学農学部 新屋専任講師らの共同研究|The大学Times

極限環境の湖からヒトの500倍のヒ素耐性を持つ線虫を発見〜極限環境生物の適応メカニズムを解明する糸口に〜明治大学農学部 新屋専任講師らの共同研究@Press 2019.9.30

要旨
明治大学農学部の新屋良治講師(JSTさきがけ兼任)、米国California Institute of TechnologyのPaul W. Sternberg教授のグループ、イスラエルUniversity of HaifaのAmir Sapir講師、森林総合研究所の神崎菜摘研究員らの研究チームは、猛毒のヒ素に耐性を持つ線虫注1)を米国カリフォルニア州のモノ湖から発見しました。 この成果は、昆虫とともに地球上で最も繁栄した動物である線虫がどのようにして過酷な環境に適応するかについて、新たな考え方をもたらすとともに、今後はヒ素に耐性を持つ線虫を利用してヒ素の解毒代謝メカニズムが明らかになることが期待されます。 本研究成果は、2019年9月26日に米国科学雑誌Current Biology(オンライン版)にて公開されました。(印刷版は2019年10月7日掲載予定)

概要
明治大学農学部の新屋良治専任講師(JSTさきがけ兼任)、米国California Institute of TechnologyのPaul W. Sternberg教授のグループ、イスラエルUniversity of HaifaのAmir Sapir講師、森林総合研究所の神崎菜摘研究員らの研究チームは、猛毒のヒ素に耐性を持つ線虫を米国カリフォルニア州のモノ湖から発見しました。モノ湖はアルカリ性で塩分濃度が海水の約3倍ほど高い塩湖であり、通常生物にとって有毒であるヒ素を豊富に含むことで知られています。生物の生存には極めて厳しい「極限環境」であるため、これまでに動物では2種のハエ(アルカリミギワバエ)とエビ(ブラインシュリンプ)しか生息していないと考えられてきました。
今回研究チームはモノ湖の異なる3地点においてサンプリングを行い、8種の線虫がモノ湖に生息することを確認しました。このうち5種は過去に報告が無い新たな線虫種でした。次に研究チームは、モノ湖から分離した線虫におけるヒ素耐性能力を調べました。その結果、モノ湖の線虫は人間の約500倍に相当する高いヒ素耐性を持つことが明らかになりました。この高度ヒ素耐性能は前適応注2)的に獲得されており、この知見は極限環境を含む地球上の様々な環境において、なぜ線虫が生息できるのかという大きな疑問を紐解く鍵となると考えられます。今後はモノ湖から発見された線虫の高度ヒ素耐性の仕組みの解明や、新たな医薬やバイオテクノロジー技術への応用が期待されます。
本研究成果は、2019年9月26日に米国科学雑誌Current Biology(オンライン版)にて公開されました(印刷版は2019年10月7日に掲載予定)。
注1)線虫
線形動物門に属する多細胞動物。動物や植物に寄生する寄生虫の1グループとして良く知られているが、実際は線虫の多くは非寄生性であり、物質循環などに関与している。多くの線虫は肉眼では見えないほどに小さい(1ミリ前後)。地球上において最も個体数や種数が多い動物群の1つであると考えられている。
注2)前適応
生物のある形質が、進化の過程で元々とは異なる機能や役を持つ形質として転用されること。今回のモノ湖線虫の場合、元来リンに対する耐性として機能していた仕組みが、構造的に類似なヒ素に対しても耐性を付与したと考えられている。

研究の背景
地球上の様々な場所に生物が棲んでいますが、その中には人間が生活していくことができないような過酷な環境(極限環境)があり、そこに棲んでいる生物を「極限環境生物」と呼びます。
極限環境生物の多くは細菌などの微生物ですが、クマムシや線虫のような多細胞動物も極限環境生物として発見されることがあります。線虫はこれまでに砂漠や深海、さらには永久凍土からも見つかっており、昆虫のように頑丈な外骨格を持たない線虫がどのような仕組みで多様な環境に適応しているのかは大きな謎でした。
今回研究チームが調査したモノ湖はアメリカ合衆国カリフォルニア州に位置する湖で、アルカリ性かつ塩分濃度が高く、通常生物にとって有毒なヒ素を豊富に含みます。これまでモノ湖に棲む動物としては2種の動物(アルカリミギワバエとブラインシュリンプ)しか報告がありませんでした。しかしながら、これまでモノ湖において線虫の存在を調査した報告はなく、モノ湖に線虫が生息しているかについては不明でした。

研究手法と成果
研究チームはまず、モノ湖の異なる3地点(図1)においてサンプリングを行いました。サンプリングは主に湖底の体積土壌や岸辺の土壌を採集して、土壌から線虫を分離しました。分離された線虫は顕微鏡を用いて観察され、形態観察およびDNA塩基配列解析により線虫種の推定が行われました。その結果、今回の調査により確認できた線虫は8種であること(図2)、またその内の5種はこれまでに発見されていない未記載種であることが明らかになりました。モノ湖から採集された線虫種において、DNAの塩基配列に基づき分子系統解析を行ったところ系統的に大きく離れた線虫種がモノ湖に生息していることが明らかになり、このことはそれぞれの線虫種(もしくはその祖先種)が過去に独立してモノ湖に定着したことを示唆します。
続いて研究チームはモノ湖から採集された線虫の培養を試み、1種の線虫(Auanema sp.)(図3)を実験室内で培養することに成功し、本線虫種のヒ素耐性能を調べました。今回の実験では3価および5価の無機ヒ素化合物を用い、線虫を一定時間ヒ素溶液に浸漬した際の生存率を調査することで、線虫のヒ素耐性能を評価しました(図4)。その結果、モノ湖の線虫は人間の約500倍に相当する高いヒ素耐性を持つことが明らかになりました。
次に、Auanema sp.の高度ヒ素耐性能が適応的進化によって獲得された形質であるかを調べるために、Auanema sp.の近縁種においても同様のヒ素耐性能試験を行いました。その結果、モノ湖に生息していないAuanema sp.の近縁種においても高度なヒ素耐性が確認されたことから、これら線虫の高度ヒ素耐性能は前適応であることが示唆されました。Auanema属線虫はこれまでにリンが豊富な環境から発見されているため、元々リンに対する耐性として機能していた仕組みが、構造的に類似なヒ素に対しても耐性を付与したのではないかと考えられます。本研究成果は、前適応が線虫の多様な環境への進出を可能にする重要な仕組みであることを示唆します。

今後の期待
今回の研究により、線虫はモノ湖の生態系において優占する動物であり、これまでの私たちの認識よりも遥かに複雑な生態系がこの極限環境には存在することが明らかになりました。モノ湖で発見された線虫の1種Auanema sp.は実験室環境においても容易に培養可能であることから、今後はこの線虫においてヒ素耐性をもたらす仕組みとともに、線虫が極限環境と通常環境の両方に柔軟に適応して生存できる仕組みが明らかにされることが期待されます。
また、今後の極限環境生物の探索においては、本研究のように線虫を注意深く探すことでこれまで多細胞生物の生存が確認されていない場所からも発見される可能性があります。そういった生物が数多く発見されることで将来的に新たな医薬やバイオテクノロジー技術の開発において大きな貢献できるかもしれません。
論文情報
掲載雑誌:Current Biology

論文名:Newly identified nematodes from Mono Lake exhibit extreme arsenic resistance

著者:Pei-Yin Shih*, James Shiho Lee*, Ryoji Shinya*, Natsumi Kanzaki, Andre Pires-daSilva, Jean Marie Badroos, Elizabeth Goetz, Amir Sapir, Paul W. Sternberg (*共筆頭著者)

DOI: 10.1016/j.cub.2019.08.024, 2019.


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プレスリリース提供元:@Press

■参考画像

図3(極限環境の湖からヒトの500倍のヒ素耐性を持つ線虫を発見)

図1(極限環境の湖からヒトの500倍のヒ素耐性を持つ線虫を発見)

図2(極限環境の湖からヒトの500倍のヒ素耐性を持つ線虫を発見)

図4(極限環境の湖からヒトの500倍のヒ素耐性を持つ線虫を発見)