神田外語大学の新学長に宮内孝久(前・三菱商事(株)代表取締役副社長)が就任 -- 国際ビジネスの実体験で培った知見と民間企業の経営者としての手法で教育と経営の両面から神田外語大学の競争力を強化する方針|The大学Times

神田外語大学の新学長に宮内孝久(前・三菱商事(株)代表取締役副社長)が就任 -- 国際ビジネスの実体験で培った知見と民間企業の経営者としての手法で教育と経営の両面から神田外語大学の競争力を強化する方針大学通信 2018.3.27

 宮内孝久は1950年9月生まれの67歳。早稲田大学法学部を卒業後、1975年4月に三菱商事株式会社に入社。以来、40年間にわたり国際ビジネスの第一線で海外事業を経験するとともに、諸外国での合弁事業の経営に携わってきた。2013年6月には同社代表取締役副社長執行役員・化学品グループCEOに就任。三菱商事全体の経営者としてその手腕を存分に発揮してきた。
 宮内は教育についての問題意識も高く、2016年6月に同社代表取締役を退任した後は、横浜市教育委員を務める傍ら、日本経済新聞でも日本の教育のあり方について発言をしてきた(※)。
 実業を通じて異なる文化圏の人々とのコミュニケーションを交わしてきた宮内は、本学の学長就任にあたり、自身の経験を最大限に活かし、学生たちの異文化に対する関心を刺激しながら、「グローバル社会をたくましく生き抜く人間を育てることを目指していく」としている。宮内は、教育と経営に関して注力すべきポイントを以下のように語っている。

(1) 教育面
「神田外語大学の学生から外国語を深く学ぶための関心を引き出すためにリベラルアーツ教育(教養教育)を強化したいと思います。たくましく生きる術とは、物事に関心をもち、外の世界に心を開き、生涯にわたって努力を続けられること。そして物事を論理的に、批判的に考える力を身につけることです。私が国際ビジネスで得た知見も学生たちに積極的に伝えていきます。」

(2) 運営面
「企業経営の手法を大学経営に取り入れ、競争力を強化していきます。私はあくまでビジネスマンであり、教育界の部外者。その視点から神田外語大学の『ボトルネック』を見つけ出し、改善していきたいと思います。また、学科や職務、部門が異なることで滞りがちな教職員間の交流を促し、組織を活性化します。さらに、ダイナミックな事業連携にも取り組んでいきたいと考えています。」

 神田外語大学では、宮内孝久新学長の体制のもと、研究はもちろんのこと教育と経営の両面における競争力を強化し、学生が在学中に体得する能力の付加価値をさらに高めていく方針です。

プロフィール
宮内孝久(みやうちたかひさ)
1950年9月13日生まれ(満67歳)
学歴:1975年3月早稲田大学法学部卒業
職歴:1975年4月三菱商事株式会社入社。1988年サウジアラビア駐在。1996年メキシコの合弁企業出向。2005年執行役員就任。2009年常務執行役員化学品グループCEO就任。2013年代表取締役副社長就任。2016年代表取締役副社長退任後、神田外語大学特任教授就任。2017年神田外語大学学長補佐就任。横浜市教育委員会教育委員も務める。

※日本経済新聞 2016年12月15日朝刊29面「私見卓見」『人間の本性と向き合う道徳教育を』/同2018年1月22日朝刊13面「私見卓見」『幼児化につながらぬ道徳教育を』


「宮内孝久新学長が語る、自身のこと、教育のこと、神田外語のこと」

 祖父が戦前輸出用蟹缶製造を営んでいたので海外とは無縁ではなく、祖母も英語好きとの記憶があります。父は技術者でしたが、NHK教育テレビの外国語講座を良くつけていました。家にあった英語・ドイツ語書類、英字新聞、父の海外出張土産などが異文化への興味の始まりで、幼い頃から海外への憧れがありました。海外経験は、大学時代に数週間イギリスでホームステイをして語学学校に通っただけですが、見るもの聞くもの全てが強烈な印象でした。

 本格的に留学をしたいと思うも浪人で年をとっていたし、お金もない、そこでタダで飛行機に乗って外国に行ける仕事ということで商社に就職しました。

 1975年に入社して間もなく、サウジアラビアに出張しました。第一次石油危機の直後です。納品した商品の包装が破れていたので ''I'm sorry.''と言ったことが発端で損害賠償問題に発展しかけました。異文化の洗礼を受けた経験でした。海外駐在はサウジアラビアとメキシコの2度だけです。それ以外は東京の本社勤務でしたが、忙しく70〜80ヶ国を出張する日々でした。

 商社時代の印象深い出来事は数多くありますが、あえて挙げるとすれば、1990年の湾岸戦争です。当時、サウジアラビアに駐在しており、現地での合弁プロジェクトの側面支援担当者でした。戦争という極限の有事が発生すると、人も、会社も、国家も「本性」が現れることを痛感しました。サウジアラビアは私にとって第二のふるさとです。

 日本の教育に関心をもつきっかけは、日本と諸外国を行き来しながら仕事をしてきて、日本の国際競争力が衰えていると実感したことです。その原因は教育にあると思います。40年にわたるビジネスの現場で得た経験と知識、技術によって、日本の教育の改善に貢献したいと思いました。そこで初等中等教育では横浜市教育委員として、高等教育では神田外語大学長として教育界に挑戦することにしました。

 日本の大学教育は、物事を論理的に考える力、そして、批判的に考える力を養えていないのではないかと感じています。社会に出れば、覚えた知識を使うだけでなく、臨機応変に考える知恵が求められます。大学はその知恵を授ける場でなければなりません。

 神田外語大学の学長として目指すのは、たくましく生き抜ける人間を育てることです。たくましさとは、頭脳と精神のたくましさです。物事を批判的に考え、だまされない知恵をもっていること。そのためにも、常に世の中に目を向けて、新たな発見に好奇心を掻き立てながら自分の殻を破れる人間を育てたい。教養をしっかりと身につけ、人間の行動を読み解く力があれば、他人にだまされません。

 神田外語大学の強みはまず、学生たちの志にあります。人間はそれぞれ個性をもち、異なるものというのが前提です。異文化の人々ならなおさらです。ですから、外国語を学ぶことは『無限の違い』に挑戦する勇敢な行為なのです。神田外語大学の学生はそんな素晴らしい志をもって入学します。学生はとても素直で、外国語習得の地味な努力をする素養があります。本学が長年培ってきた「自立学習」の教育システムで、努力に磨きをかけていきます。

 さらに、理数系や社会科学系の学問を通じてリベラルアーツ(教養)を学ぶ喜びを覚えれば、人間としての豊かさが増します。私は学生たちが好奇心の扉を開く後押しをしたいのです。そして、4年間で得られる学生の「付加価値」を最大化して、神田外語大学の競争力を高めたいと考えています。

 一方で本学の教職員は大学に対する愛情が深く、学生に対して献身的です。学科間、教員職員間での交流がもっと増えればさらに教育が充実するはず。交流を巻き起こしながら、互いに刺激しあう環境を作りたいと考えます。

 大学の経営面では、「VIGOSTA(ヴィゴスタ)」を念頭に置き考えていきたい。VIGOSTAは私の造語で、モノゴトを推進していくときのヒントです。取り組むべき事業をVision(理想)、Goal(目標)、 Strategy(戦略)、Tactic(戦術)という段階に分け、それぞれを確実に達成するために必要なコミュニケーションを行い、成果を評価していきます。

 私は教育者ではなく、あくまでビジネスマン。ある種の部外者として大学経営を冷静に観察し、分析し、課題を抽出するのが任務です。企業経営者としての経験を活かし、事業の円滑な進行を阻害する「ボトルネック」を発見し、それを取り除くことに注力していきます。ただ、仕事はチームワークで行うものですから、チームとしての力も高めていかなければなりません。

 神田外語大学の目指すべき姿を端的に表すなら、「オモシロ・オカシク・元気ヨク」ですね。私自身が好奇心の塊で、異質なものに驚き、興味をもつことから世界を広げました。神田外語大学の学生にも、人生と学びを大いに楽しんでほしい。そのために私ができることはすべてやっていく所存です。



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