"LED光を”エネルギー源”として活用する野菜の未来型生産システム「LED植物工場」|大学Times

LED光を”エネルギー源”として活用する野菜の未来型生産システム「LED植物工場」 これからの日本を変えるこの分野 玉川大学農学部生命化学科

LEDを太陽代わりとした水耕栽培により、野菜の大量生産が可能となる「LED植物工場」。
玉川大学農学部・渡邊博之教授は、このシステムの実用化を目指して長年研究を続けている。
農業の価値観を変える可能性を秘めたこの研究は、懸念されている食糧危機にも有効な生産システムとして、世界的にも注目度が高い。”土地に依存しない未来型農業”の植物工場は、農学部出身者のアイデンティティとなるとともに、一般雇用の創出にも繋がっていくと期待される。

「LED植物工場」は未来の農業の要 新世代の農業技術者への希望

生命の源、”光”の役目を果たすLED

1992年、まだ企業に籍を置いていた渡邊教授は、新しい農業資材を探すために海外調査へと赴いていた。その当時アメリカでは、ケネディスペースセンター(NASA)とウィスコンシン大学が共同で、宇宙空間の限られた場所でLEDを光源に植物を育てる、『アストロカルチャーという研究を行っており、当時としても画期的な内容であった。この研究を目の当たりにした教授の頭に、新しい農業の姿が刹那閃いた。「光源の違いによる作物の成長変化を深く研究することで、地上での植物工場や育苗装置にも転用できるはずだ」。

現在、LEDは省電力・長寿命化により一般家庭にも普及し、照明用としては徐々にスタンダードなものになりつつある。しかし、教授が研究をはじめた約20年前、LEDは青色も開発されておらず、出力は弱く、高価な上、使える波長が限られていた。「あの時代に食物栽培用光源としてLEDを提案することは、かなりのチャレンジでした」と教授は述懐する。今日では、赤・黄・緑・青・白など様々な色のLEDが市場に出回っており、紫外線を照射できるものまである。昨今の技術発展により、渡邊教授の研究は実用化にむけて、より現実味を帯びてきた。

植物工場では、液肥(液体肥料)の入った水槽を用い、水耕栽培で植物を生産する。その際必要となるのが、太陽の代わりとなる光源である。教授は光源にLEDを採用したが、LEDを光源と言うよりも”エネルギー源”として捉えているという。

植物はすべての光を自身のエネルギーに変換しているというわけではない。光の色(波長)によって、植物が受ける影響は異なる。そのため、照射する光の波長と時間のバランスを調整することで、植物の成長速度・形状を変化させられるばかりか、食感や味をも意図的に変えることが可能だ。たとえば、ルッコラに赤色の光を照射すると、通常よりも葉の形状が広がって成長し、食感は柔らかめになるという。

しかし、市場に出荷するためには、まだクリアしなくてはならない課題が残っている。「同じ波長でも、植物によっては葉の形状が縮れてしまったり、苦みが増してしまうものもあるのです」。

植物工場の主力生産物として研究されているリーフレタス

植物工場の主力生産物として研究されているリーフレタス。赤色LEDで栽培すると、葉が柔らかく、苦味が少なくなり、甘みが増す。

同色のLEDでも、植物によって受ける影響は異なる

同色のLEDでも、植物によって受ける影響は異なる。たとえば青色LEDでは、チンゲン菜の葉は大きく成長するが、リーフレタスの葉は小さく厚く育つ

国際競争力を持った未来型農業の確立

「この研究の本当の目的は、”日本の農業をなんとかしたい”ということです」と、教授は熱をこめて語る。現在の農業従事者の平均年齢は約69歳といわれ、農学部出身者を含め、若い人たちが全くといっていいほど就農していない状況だ。60、70歳代の人が最新の技術を身につけることは、現実的に難しい。しかし、この現状だからこそ、教授は植物工場の研究と普及の必要性を強調する。「技術の乏しい状態では、国際競争力を持った農業ができるはずもありません。ですから、TPPも二の足を踏むわけです。競争力がないなら、”競争力をつけるにはどうしたらいいか?”という方向に目を向けなくてはなりません。」

競争力という観点から植物工場のメリットを考えると、場所を選ばず、高い生産性が得られるという点があげられる。天候の影響を受けず、ビルの地下や電車の工科線路の下など、狭い土地であっても植物工場は建設できる。リーフレタスを栽培する場合、露地栽培では約1ヶ月半かかるところを植物工場だと13から14日で収穫可能だ。水耕システムを多段式に積み重ねて栽培することで、一日に何千株、何万株もの野菜を収穫できるようになるのも夢ではない。加えて、植物ごとの「波長と生育の関係」をさらに詳しく解明する事により、高い品質の野菜を効率的に供給できるようになるだろう。

報われない指導 農学部教授の苦悩

渡邊教授は長い間、農学部の教員としてジレンマを抱えている。「一生懸命農学を教え、食糧生産を教え、その分野の専門家を育てても、現在の日本には彼らが専門家として働ける場がないのです」。玉川大学の農学部出身者の就職先企業を見ても、化学、建設、IT関連など、農学とは異なる分野に就職する学生が大半である。このことは、同大学に限らず、日本の農学部を擁するおよそ全ての大学にあてはまるだろう。その原因のひとつは、日本では土地を親から譲り受けた人間しか就農し難いという点にある。そのため、本来なら農学部出身者が農業を支えなくてはならないのだが、親が農家でなければ農家になれるチャンスすらきわめて少ないというのが現実だ。

この”土地問題”も、植物工場が解決してくれるかもしれない。植物工場は土地に依存した農業とは全く違う農業である。「農業という第一次産業よりも、食品工場のような製造業を内包した第二次産業に近いもの」と渡邊教授は語る。製造業としての装置と技術を備えた、システム化された農業を確立させることで、日本の農業が抱える問題のひとつを解決できるのではと教授は期待している。

食糧危機に立ち向かう 若い農業技術者を希求

現在、世界は来るべき食糧危機に備え、耕作しにくい土地を耕そうと各国が努力している。しかし、日本では非常に耕作しやすい優良な土地を後継者がいないというだけで、耕作放棄地にしているのが現状だ。

つい先日、地球の人口は70億を超えた。「ひとりの人間の食料を賄うには約4haの耕地が必要との計算があります。それを踏まえると現人口に必要な耕地面積は280ha。地球上に耕作可能な土地は約300億haと考えられ、すでに限界へと近づいています」。日本の食糧事情も15年後には危機的状況に陥るだろうと、教授はは警鐘を鳴らす。現在の日本の食料自給率は約4割、穀物を入れると約3割弱になる。「近い将来、日本では現在の3/4の食糧がなくなる可能性も考えなくてはいけません。もしかすると、価格急騰や輸出禁止処置などにより、満足な量の食糧を得られなくなることがあたり前という世の中になるかもしれない。

食糧の安全保障を確保するには、自国で安定して食糧を供給できる技術を持つことが重要だ。そのためには、生産性の高い効率的なシステムを作ることが急務だが、教授はこの危機を回避できるだろうと考えている。「危機あるところにビジネスチャンスあり。今後、若い技術者たちがこの分野に集まってきてくれると信じています」。渡邊教授は、新世代の農業の担い手たちに期待を寄せた。

渡邊博之

【プロフィール】

渡邊博之(わたなべひろゆき)

玉川大学 農学部生命科学科 教授
学術研究所 生物機能開発研究センター主任

農業のイメージが多様化する

植物工場が本格的に普及することとなれば、農業に対するイメージや価値観は大きく変わるはずです。まず、自然と対峙しながら、野菜を作る農業だけではなく、オフィス感覚で野菜をシステマティックに生産する農業といった具合に二分化されてくるでしょう。このことにより、農学部を目指す人も増えてくるのではないでしょうか。また最近、飲食店用の小型の野菜生産システムなどが徐々に、お目見えしてきているので、そうした知識と技術を持った人材は必要とされてくるにちがいありません。