大学Times Vol.20(2016年4月発行)
超高齢化社会を目前にして、今、医療現場の改革が大きく求められている。それは医師、看護師だけではなく、チーム医療の一員としての薬剤師にもそのスポットが当てられている。高度な知識と問題解決能力を身に付けた薬剤師と研究者を輩出する、東京理科大学薬学部学部長の深井文雄教授に話を伺った。
貴学の教育の特色をお聞かせください
本学薬学部には6年制の薬学科と4年制の生命創薬科学科の二学科が設置されています。薬学科では「ヒューマニティと研究心にあふれた高度な薬剤師の育成」、生命創薬科学科では「最先端創薬科学を担う研究者・技術者の育成」を目指しています。つまり薬学部では"医薬分子を通して人間の健康を守る"という志を持った人材育成を通して、『くすり』に関するプロフェッショナル、すなわち『くすり』の適性使用を通して目の前の患者さんを救う高度な薬剤師の養成と同時に、新しい『くすり』の創成によって世界中の患者さんを救いうる研究者の養成という2つの違った目標を掲げて教育・研究活動を行っています。
生命創薬科学科では、卒業後、だいたい80%以上の学生が大学院に進学し、卒業研究に入る4年次と修士課程の合計3年間で研究を行います。薬学科でも4年次から卒業研究に入り、6年の卒業まで3年間、研究に従事します。研究室は学科にとらわれず選択することができるので、薬剤師を目指す学生と創薬研究者・技術者を目指す学生が同じ研究室で互いに刺激し合い、切磋琢磨しながら学ぶことができます。このように学科にとらわれず最先端の研究に携わることで、薬剤師を目指していた薬学科の学生が研究職に就いたり、生命創薬科学科の学生が薬剤師を目指したりと自身の将来をしっかりと見据えて方向転換する学生もいます。
どのような将来になっても、3年間のしっかりとした研究活動を通し、その途中に立ちはだかる問題に向かって解決能力を身に付け、高度な薬剤師、研究者としての素地を固めます。将来的には研究所のリーダーや薬剤師をマネジメントする立場など、先頭に立って動ける人材になってほしいと願っていますし、実際にそのような人材が社会で活躍しています。
薬剤師、研究者としての進路は?
本学は卒業生の進路の選択が国公立とよく似ているといわれます。薬学科の進路は薬剤師として患者さんの治療に係わりたいと、病院の薬剤部に就職する学生が半分以上となっています。そのほか、薬剤師の資格を取得したとしても、免許を必要としない、企業の開発部や研究職に就く学生も多くいます。一方、生命創薬科学科の進路は、やはり研究者・技術者として製薬メーカーに就職する学生が多数です。
近年の薬剤師を取り巻く状況の変化は?
近年、「チーム医療」という言葉が一般的になっていますが、薬剤師は薬の専門家として医師とは違う役割をチームで担っています。従来の薬剤師の仕事は、医師が解剖学、医療学、理学、病態学などの知識をもとに診断し、出された処方箋に基づき、カウンター越しに患者さんに薬を渡すだけで終わっていました。しかし近年、薬が多様化・複雑化しており、薬がどのように効いたか、または投与する薬の量を増やすべきかどうかまでは、医師では分かりません。この時、薬剤師の薬理学、薬剤学、薬物動態学などの知識が必要となってくるのです。
さらに、地域で不調を訴える方がいれば、病院へ行く前に事前相談を受け、病気を未然に防ぐアドバイスやセルフメディケーションを行うといった「かかりつけの薬局薬剤師」として、地域の健康維持の情報拠点の担い手になってもらいたいと思っています。超高齢化社会を目前に控えた今、薬物治療の専門家である薬剤師の診断と医師とが密接に連携して一人の患者さんの治療に当たる「チーム医療」は既に始まっています。
6年制の薬学科から、大学院に進むことについては?
薬学博士の学位を得るには、6年制の学科卒業後、4年間博士課程に通わなくてはなりません。都合10年かかり、社会に出るのが30歳前後になってしまうこと、また、薬学部の学費が一般の理系学部学科に比べて高額なことなどの要因もあり、博士課程に進む学生が少ないのが現状です。この状況が続くと博士の学位を有している薬剤師が激減し、日本の大学における薬学教育が偏った方向に向かうのではないかと懸念されます。このことは、ひいては日本の薬学研究の大きな危機にも繋がりかねません。
今年度から東京理科大学では博士課程の授業料等を実質無償化する制度が導入されましたが、これにより現役の大学院生だけでなく社会人も対象として博士課程への進学者が増加することが期待されます。薬学部の卒業生を例にとると、病院薬剤部に勤務している薬剤師が、キャリアアップや知識のさらなる習得を目指して博士課程に入学し、最先端の薬学研究に従事することで、日常業務では遠ざかりがちな学会、特に国際学会等にも参加することが可能になります。大学院博士課程で学び実力をつけることで、創薬研究者あるいは大学教員等といった新たな方向性の可能性が広がります。また、博士課程の充実により、本学大学院の研究力の向上にも繋がればと期待しています。
教授はどのような研究を?
細胞と細胞をつなげる接着分子の研究をしています。接着分子の研究は、比較的新しい研究で、扱いが難しいため長く研究の対象からはずされてきましたが、科学の進歩と共にようやく研究ができるようになってきました。私達は細胞の接着に係わる分子の活性化を正負に制御できる因子を発見しました。この因子を使って接着をコントロールすることで、いろいろな現象が起きることが分かってきています。
私たちの身体は、血液の細胞以外は全部引っ付いてできています(=接着)。細胞は、接着することにより生きていられるのです。これを意図的に引き離した状態(=脱着)にすると、通常の細胞は死んでしまいますが、がん細胞は脱着させた状態でも生きることができます。
私はこの接着分子の働きから、細胞の生存、増殖、分化、遺伝子発現制御の分子機構を解明し、細胞老化や小児がんなどのさまざまな病態現象における接着分子の役割を明らかにしてきました。また、これらの研究から新しい治療薬の開発を展望できるまでになってきています。
最後に薬学部を選択するポイントについて
薬学部というと、高校の進路指導の際、どうしても"医歯薬"のカテゴリーに入ってしまいがちですが、実際は理工学系という側面も強いのです。薬学部というところは、実は医学部の次にモチベーションが保ちやすいところなのです。例えば、薬で患者さんを治したいとか、命を救いたいなど、しっかりとしたモチベーションが保てるのは、薬学部だからこそです。ところが、医歯薬の括りだけで考えてしまうと、どうしても理工系志望の高校生は、薬や病気などに興味を持っていても、腰が引けるというか、敷居が高いという印象を受けてしまうのではないでしょうか。しかし実際には、理工学の知識を動員して、薬学という出口から社会に還元する、それが薬学部です。医療現場だけでなく、生命に関わる最先端研究、人間の健康に寄与できる仕事など、その活躍の場は、とても幅広いのでぜひ積極的にチャレンジしていただきたいです。
【プロフィール】
東京理科大学薬学部 学部長
深井文雄(ふかいふみお)教授
1974年 東京理科大学 理学部 応用化学 卒業 1976年 東京理科大学 理学研究科 化学 修士課程 修了 1977-1985 東京都臨床医学総合研究所 医化学研究部・乳癌研究プロジェクト研究員 理学博士