【農学特集】身近で最先端の学問・農学のいま|大学Times

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大学Times Vol.29(2018年7月発行)

【農学特集】身近で最先端の学問・農学のいま

農学部は「田んぼや畑に関する学問」をする学部というイメージを持つ方も多いのではないだろうか。しかし今日、農学が扱う学問領域は広範囲かつ多岐にわたっており、食料や医薬品に関する基礎研究から、森林や海洋など地球環境をとりまくグローバルな研究にまで至っている。日本大学生物資源科学部の関 泰一郎教授の話から、人間の「快適な暮らし」と「健康」をめざす農学の今について、探ってみたい。

農作物の生産を担う土壌から発見された医薬品

農学部では現在、作物学、植物育種学などの農作物やその生産性の向上を研究する「農学」をはじめ、地球環境問題や資源の問題を森林の生態系を中心に考究する「林学」、水産資源の保護や養殖、海洋生物資源の保全と利用に関する「水産学」、人々の生活に寄与する家畜を合理的に生産・利用するための「畜産学」、動物医療を根幹としてヒトの健康・福祉までカバーする「獣医学」、土壌学など農業の生産性を向上させ、また醸造、発酵など微生物を食品・医薬品の開発に応用する「農芸化学」、農業機械学や農業土木学などの「農業工学」、さらに「農業経済学」や「国際開発学」などの社会科学系領域までをも包含し、地球・生命にかかわる多岐にわたる学問を守備範囲としています。

特に、元々伝統的発酵食品の研究により基礎力を有していた日本の農学分野における微生物関連の研究では、医薬品などの分野においても大きな成果をあげています。微生物の中には、発酵によりアミノ酸や医薬品のもととなる有用な物質を生産する菌がいますが、これらの微生物を探し出して研究することは、上述のように元来農学の領域です。たとえばスタチンと総称される血中コレステレロール値を低下させる医薬品のもとは、アオカビから発見されました。また筑波山の土壌に棲む菌のストレプトマイセスから発見されたタクロリムスという抗生物質は、免疫抑制作用を示し、臓器移植には不可欠な薬として世界中で使用されています。さらに、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智博士は静岡県のゴルフ場の土壌に棲むストレプトマイセスからエバーメクチンという有用物質を発見し、アフリカ地域の風土病である河川盲目症の治療に応用し顕著な効果を挙げました。

「トクホ」「腸内環境」「洗濯洗剤」「化粧品」も農学研究から

農学は食品学、栄養学の発展にも貢献しています。農芸化学者の鈴木梅太郎博士は、米糠の中に脚気を予防する物質を発見しました。これは今日のビタミンの概念を構築し、農芸化学の進歩が今日の栄養学の確立に大きく関わったといっても過言ではありません。食品のおもな機能は①栄養(一次機能)、②おいしさ(二次機能)、③身体機能の調節作用(三次機能)ですが、トクホ(特定保健用食品)は、食品の三次機能に着目して開発されたものです。血糖値の上昇を穏やかにしたり、脂肪の吸収を抑制するお茶や炭酸飲料などはよく知られています。

腸内環境という言葉も、広く知られるようになりました。腸内には、私たちのからだを構成する細胞の数と同じくらいの微生物が生息しています。その種類は個人によって異なり、それが肥満や糖尿病などの原因のひとつといわれています。腸内環境によい微生物は、オリゴ糖などの機能性食品成分の摂取により増加します。食品、腸内環境と病気の関係なども農学の研究領域で進められています。

また、衣服の皮脂や食品による汚れを、酵素を用いて分解する洗濯洗剤の開発、さらに、香料などの「におい」に関する研究も進められています。これらは食品や化粧品などに応用され、人々の暮らしを支えています。

植物からエネルギーを生み出す
循環型社会の実現へ

農学の領域では、エネルギー問題の解決に向け、バイオ燃料などの研究にも取り組んでいます。バイオ燃料は、サトウキビやトウモロコシなどの植物バイオマスを発酵させて作る燃料のことです。植物は大気中の二酸化炭素を吸収して自身の体を作っているので、それを燃焼させて二酸化炭素を発生させても、排出される二酸化炭素は元々大気中に存在していたものなので、大気中の二酸化炭素総量に影響を与えるものではないとして、カーボンニュートラルと呼ばれ、カーボンネガティブである石油などの化石系燃料に対する優位性が示されています。加えて化石燃料は枯渇の心配がありますが、植物を原料とした再生可能資源であることが大きな特長です。農学は、エネルギー循環型社会の実現に向けて、自然環境を保全する使命も担っています。

病気を予防し、健康増進をめざすのが農学

上述したように農学は、医学や薬学とも密接に関連しています。医学や薬学は「病気の治療」に関する方策や医薬品の研究開発に主眼がおかれています。一方、農学は病気の原因を見極め、予防することで健康を増進することを主な研究課題としています。

日本食はヘルシーで体に良い、ということが世界的にも注目されるようになりました。その中心は醤油や味噌、納豆をはじめとした、伝統的な発酵食品です。日本独自の醸造・発酵技術は長年にわたり、農学の研究領域として今日の発展を遂げました。おいしさだけでなく、国民の長寿にも深く関わっていることが解明されています。高齢化が進む日本ですが、快適な暮らしを支え、病気を防ぎ、健康を増進することを目的とした農学は、身近でありながらも最先端の研究課題に取り組み「世界の人々の役に立つ」学問であるといっても過言ではありません。

今日の農学は、食資源全体からそれを育む環境、さらに人々の快適な生活やエネルギー資源など、その対象が多岐にわたっています。細胞レベルのミクロの視点から、地球全体のマクロな視点まで必要とする農学。その領域は壮大であるが、最も身近で興味深い学問へと、日々進歩を続けています。

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関 泰一郎教授