【グローバル・国際系大学特集】コミュニケーション能力の前提にある“思考力”を養う〜国際基督教大学(ICU)〜|大学Times

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大学Times Vol.29(2018年7月発行)

【グローバル・国際系大学特集】コミュニケーション能力の前提にある“思考力”を養う〜国際基督教大学(ICU)〜

グローバル化が進む中、ワールドワイドで活躍できる世界基準を身に付けたグローバルリーダーの確保は各業界の喫緊課題であり、人材を育成し輩出する各大学に対する期待とニーズも年々高まっている。グローバル教育の中核を担う4大学にフォーカスを当て、世界に通用する国際力育成について考察したい。

グローバル化でも気質は急激に変わらない

本学に赴任して15年経ちましたが、この間に学生の気質が大きく変わったという印象はありません。ICU着任前は米国カリフォルニアのシリコンバレーにいましたが、そこに集う学生と比較すると、国内の他大学と比べて確かに国際性豊かで積極性があると思われる本学学生でも、よくも悪くもおとなしいという印象がありました。これは日本人の気質に依るところも大きく、急激には変わるものではないと思います。

最近は各方面で「グローバル化が加速」と叫ばれていますが、やや前のめりになって扇動しているのではないか、と感じることがあります。国を挙げて急激な変化を煽るのは良くない傾向で、実際には大きく変わっていない世間との間に矛盾が生じてしまいます。このような声に踊らされることなく、地に足を付けた変革が先ずは重要ではないのでしょうか。

“文章”で答える米国学生と“単語”で答える日本学生の違い

以前、スタンフォードの学生と話す機会がありました。彼らは米国のなかでも優秀な学生です。その優秀さとは、1を聞いたら理路整然と10を答えるような高い言語能力にあります。「私はこう思う。なぜならば…」という文章で回答する訓練が、米国の教育ではよく行われています。

それに対し、本学を含めた最近の学生の傾向として、質問に対する答えを単語やフレーズで短くする傾向にあります。日本の学生も良く考えて答えているのですが、この差は表現力の問題ではないかと思います。表現力を養うために必要なのが、思考力です。

「阿吽の呼吸は通用しない」のがグローバル社会

自分の文化を共有しない人たちとのコミュニケーションの場が年々増え、ビジネスの世界では顕著になっています。西洋的な物の考え方がすべて良いとは思いませんが、「阿吽の呼吸」で物事を進め、コミュニケーションをはかる日本の伝統的手法は世界的にはごく少数派です。同じアジア圏の中国、韓国、シンガポールでも「自分が思うことを物申す」「それに応じる」といった言語表現がスタンダードになっています。

「外国語をただ喋ればいい」のではなく、よく考えて適切に理解し、正しく表現するためにも、コミュニケーション能力の前提にある思考力を養う教育に、本学に限らず日本の大学教育はもっと注力すべきではないかと考えます。本学では授業においてディスカッションやプレゼンテーションを多く取り入れていますが、これらを通じて学生の思考力が鍛えられていると思います。

また、本学の入学試験は、他大学と比較しても長文を読んで内容を理解する設問が多く、「難しい」「受験対策がしにくい」といわれることがあります。しかし、思考力や発信力(コミュニケーション能力)を磨くためには、読解力が必要であり、その力を高校のときから養ってほしいというメッセージでもあるのです。

4年間で変化する思考に適したメジャー制

本学では、専修分野(メジャー)を入学後に決定します。2つのメジャーを修めるダブルメジャーや、その比率を変えて修めるメジャー、マイナーも可能で、より深く多角的に知識を修得するカリキュラムを整えています。

日本の大学は、出願時に学部・学科を決めて、入学後は選択した分野を主に学んでいくことが一般的です。しかし、高校生のうちから「この分野を学びたい」「この職業に就きたい」と明確にわかっているケースは、多くないのではないでしょうか。ICUでは、在学中にさまざまな分野に触れることで考えを深め、自分を一度リセットする機会が与えられます。その中で自分の興味が変わっていくことも大切だと考えます。

また、グローバル社会でますます重要になる「自己表現力」や「思考力」を深める学びは、専門知識の蓄積からだけではなく、知り得た事柄に疑問を持ち、その答えを見つける力やスキルを養う中からも構築できます。

多様な価値観・他者との出会いから人生観や世界観を形成する

さらに本学にはキリスト教という基盤があり、学生はキャンパスライフを通じてその世界観や人生観に触れることができます。本学はキリスト教徒をつくることを目的とはしていませんが、キリスト教を対比の基準として「自分はそう思わない」「共感する」という見方から、高校時代までは考えたこともなかった人生観について深く考える機会が持てるのも、本学ならではの学びの特徴です。多くの学生は18歳から22歳という時期に、さまざまな価値観に触れることで自己吟味(自分は今まで何を前提にして物事を考えていたのか)し、自己変革を起していくことを自覚的に行うことが大切で、それがリベラルアーツであると考えます。

自分が何をやりたいのかを常に考える時代に

ますます流動化している今の日本社会ですが、将来についての選択肢が増えたのも事実です。大学卒業後の進路選択の幅が広がったと同時に、自分が何をやりたいのかを常に考えなければならない時代になってきています。

しかし一方では、大学進学の志望校選択の際に、就職に有利であるとか資格が取得できるといった観点で保護者の方や先生方が大学を薦めたり、高校生もその意見に流されていくような傾向があり、これは流動化、多様化する社会と矛盾しているのではないでしょうか。

大学で学ぶべき思考力や、疑問を持ち課題解決をする力、自分を切り拓いていく力こそ、いまの時代に求められる資質なのです。このような力はグローバル化する今日において最も重要なもののひとつだと思いますし、本学には、このように自立する力を持って歩んでいる卒業生が多くいます。グローバル社会の今後を考えると、大学で思考力や表現力を学び身に付ける学生が増えることで、もっと社会に貢献できる人が現われるのではないかという思いに至っています。

高校生のうちに言語表現力を伸ばしてほしい

好奇心や探究心、物事に対して疑問を持ち、学ぶことがおもしろいと感じる学生にフィットするカリキュラムを本学では用意しています。高校の先生方には、このような生徒たちを支援するような教育をしてほしいと思っています。どうしても受験対策に比重を置いてしまいがちですが、幅広く学ぶことの楽しさを授業で教えていただきたいのです。本学の学生でも、入学時には言語表現力の弱さが目に付くことがありますが、大学の学びの中で伸びていきます。本来力のある子は、高校卒業までに今よりも言語表現力が伸びるはずだと考えています。

考える力、批判する力は民主主義の根幹です。例えばフランスのように、中等教育で哲学を徹底して学び、論文を卒業資格に課す国もあるように、物事を考えて伝え合う力は、グローバル化が進むにつれてますます重要になります。コミュニケーション能力の前提にある思考力を育むよう、ぜひ高校生にも指導していただきたいです。