【リベラルアーツ教育特集】今、時代が求める教育「リベラルアーツ」とは何か‐産業界が嘱望する理由を探る‐|大学Times

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大学Times Vol.32(2019年4月発行)

【リベラルアーツ教育特集】今、時代が求める教育「リベラルアーツ」とは何か‐産業界が嘱望する理由を探る‐

昨年12月、日本経済団体連合会(経団連)が発表した「今後の採用と大学教育に関する提案」が話題になっている。特に「大学に期待する教育改革」の項目にリベラルアーツ教育が求められるという記載があり、注目が集まっている。今回は大手企業の人材研修で実績のある一般社団法人日本能率協会に現在の産業界が求める人材とその背景を、日本のリベラルアーツを代表する国際基督教大学、玉川大学、獨協大学にそれぞれの教育と人材育成について話を聞き、その理由を探った。

リベラルアーツ教育特集

経団連が提言する
「文系・理系の枠を超えた基礎的リテラシー教育」

多様な価値観が融合するSociety 5.0時代の人材には、リベラルアーツといわれる、倫理・哲学や文学、歴史などの幅広い教養や、文系・理系を問わず、文章や情報を正確に読み解く力、外部に対し自らの考えや意思を的確に表現し、論理的に説明する力が求められる。さらに、ビッグデータやAIなどを使いこなすために情報科学や数学・統計の基礎知識も必要不可欠となる。(経団連提案原文)

経団連の提言は「理系学生の語学力高度化」「文系学生のプログラミングや統計学の学修」など文理融合の推進を求めている。さらに近い将来、各学部や学位の在り方、カリキュラムの根本的見直しについても言及している。つまり、今の大学教育が卒業後に進む産業界とかい離し、雇用と人材のミスマッチを生んでいるという問題提起が読み取れる。

大手企業のリーダー研修で
リベラルアーツ教育が好評な背景

曽根原幹人理事

日本能率協会は1942年創立の「経営革新の推進機関」として、おもに大手企業の人材研修プログラムの開発・実施で実績がある。理事で経営・人材革新センターの曽根原幹人ディレクターは次のように述べている。

「法人会員からリベラルアーツ人材を重視するという声は、10年ほど前から顕著になりました。特に、商社や大手製造業(電機、化学、化粧品、食品等)、輸送業等、事業のグローバル展開を積極的に行っている企業が、経営幹部育成のために真剣に取り組んでいます。当協会では1970年から「一隅会」という経営幹部の勉強会があり、講師を招いて東洋の哲学、精神、自然科学、宗教などを学んでいます。当時普及したアメリカの経営理論(MBAなど)に違和感を覚えていた経営者から、別の考えの軸も持つことが日本の経営や組織マネジメントに必要という声があったからです。リベラルアーツ研修は、新しいようで実は古くからあるテーマでもあります。

2007年からは個々の企業向けに「リベラルアーツ社内研修」を始めたところ好評で、2012年より法人会員のリーダー向けリベラルアーツ研修(現:リーダーのためのリベラルアーツコース)をスタートしました。これまで日本の産業界を代表する、30社以上の企業から参加いただいています。長い間国内に閉じていた仕事は、海外とのサービスや商談が必須の仕事へと産業を問わず移行しています。特に海外企業との商談の際、ビジネス以外の会話は、各国と日本の文化や宗教を知らないと何も話せず、相手の話しも理解できない状態に陥ります。グローバルビジネスを円滑に進めるためにも、リベラルアーツ研修が必要だという声をいただいています」

研修参加者からは
「もっと早く学びたかった」の声多数

正木千香子氏

組織・人材開発セミナー事業の正木千香子氏は次のように述べている。

「研修に参加するのは30代後半から50代のマネジャーや経営幹部の方です。ビジネスは優秀でもリベラルアーツに馴染みのなかった人がほとんどで、「リベラルアーツとは何か」からスタートします。研修の目的は、幅広い教養や知見から気づきを得て、世界を広げることで自分の考えの軸を持つ「土台づくり」です。年齢的にも上司と部下との板挟みになる立場の人も多く、たとえば哲学や中国古典を学ぶことで判断や決断のヒントを得ます。また宗教社会学は、グローバルビジネスに必要な学問です。参加者には好評で「もっと早く、若いうちから学びたかった」という感想を数多くいただいています。確かに、すぐに身に付くものではないので、全てのビジネスパーソンが若いうちから取り組むことは重要だと考えています」

人間的魅力を育むリベラルアーツは
経営者には欠かせない要素に

同協会は、企業のリベラルアーツ研修が好評な背景として、1991年の「大学設置基準」の改定を受けて、教養課程の必要単位や学部そのものが減少し、哲学書を読んだり宗教を学ぶという経験の土台がなくなる一方、社会人になるための職業訓練的な大学教育になってきた点も指摘している。確かに、研修に参加する年代の中心は40代で、1991年以降に大学教育を受けており「もっと早く学びたかった」という多くの声も見逃せない。

職業訓練とは必ずしも結びつかない、幅広い分野の教養を高めることで、人間的な魅力(懐の深さ、洞察力や判断力の適切さ、教養の広さからくる信頼感)を磨くことになる。この点を疎かにした経営者には人もついてこないということに気付いた企業は、リーマンショックや東日本大震災を契機に、教養を備えた人材育成へとシフトする兆しが感じられるという。

第二次世界大戦後、日本はいち早い復興をめざし、各大学では企業就職に直結する細分化された専門分野を修めた人材を輩出していた。多くの若者は大学を卒業して企業に就職し、高度成長期を支えていたことは事実である。しかしバブル経済が崩壊し、失われた20年を経てグローバル化が加速、インターネットが普及し、今は“正解のない時代”だといわれる。さらに平成の30年間でも各地で大震災が発生、異常気象による災害も後を絶たない。福島の原子力発電所が爆発事故を起こした際、電力会社の経営幹部は「想定外の事態」と発言したことも記憶に新しい。明らかに時代が変わったことで、これまでの単一的な知識だけでは度々発生する「想定外の事態」を予見し対応できないということではないだろうか。

先日、米大リーグのイチロー選手が引退会見で興味深い意見を述べている。
「アメリカに来て、自分が外国人になったことで人の心をおもんぱかったり、痛みが分かったり、今までなかった自分が現れた。その体験は未来の自分にとって大きな支えになるんだと今は思います」
リベラルアーツ教育のもう一つの基本である「複数言語」を学ぶ目的は、他者理解にあるという。それについては、2面の国際基督教大学 日比谷学長インタビューをお読みいただきたい。