獣医学特集 インタビュー:日本獣医生命科学大学獣医学部|大学Times

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大学Times Vol.36(2020年5月発行)

獣医学特集 インタビュー:日本獣医生命科学大学獣医学部

「獣医学部」という名称でイメージするのは、犬・猫などのペットの治療や、牛や豚などの食肉検査、動物園や水族館、競走馬など大型動物の健康管理などを行う、”動物のお医者さん”を育成する学部、といったものではないだろうか?もちろん、そうした業務は最も知られた獣医師の仕事だが、今回紹介するのは知らざる生命科学=ライフサイエンスの分野での獣医師の役割。実は「獣医学部」は、「医学部」「歯学部」「薬学部」「生命工学部」「農学部」などと並んで、生命科学の分野で非常に大きな役割を担っている。今回は、その最先端「獣医薬理学」の研究を行う、日本獣医生命科学大学の金田剛治先生に、獣医師による生命科学への取り組みについて話を伺った。

日本獣医生命科学大学 獣医学部獣医薬理学研究室教授 金田 剛治(かねだたけはる)

日本獣医生命科学大学
獣医学部獣医薬理学研究室教授
金田 剛治(かねだたけはる)

日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)大学院獣医学研究科博士課程修了。2002 年より日本獣医畜産大学に勤務。2018 年より現職。日本獣医学会、日本薬理学会、日本平滑筋学会所属。

獣医師の仕事について

まず、獣医師には2つの大きな仕事があります。それは「犬、猫などの愛玩動物の健康を守り、病気を治療すること」と「人間の食の安全を守ること」。
前者について現在の日本社会は、核家族化や少子高齢化、未婚率の増加という状況にあり、犬や猫は単なるペットというより、家族・パートナーに近い存在になりつつあります。純血種の輸入や品種改良等により、日本の生活環境に適した新しい品種もたくさん導入されてきました。こうした犬・猫を治療することは、単に病気を治すだけではなく、クライアント(=飼い主)に安心感を与え、時には生活を支えることにつながっています。

一方、後者については、牛、豚、鶏など、食用となる産業動物の診察に関わる獣医師と、行政の立場から飼育環境や感染症を検査、調査する公務員獣医師がいます。どちらも人間の健康を守る立場から、食材として動物と関わる仕事といえます。ただ食材としての動物の診療には常にコストと向き合う必要があります。治療にかける費用と、それに値する市場価値を冷徹に比較する必要があります。また薬物治療した動物の食肉は、市場に出せない場合もあります。当然「完治を目標として、それを達成させる」ことが目的ではない場合もあり、「食の安全」に対する大きな使命感が必要です。

そして、その2つの仕事以外にも獣医師が行う仕事はたくさんあります。私が現在行っている研究についても、そのたくさんある獣医師の仕事の中のひとつといえます。

ドラッグリポジショニングとは?

私が行っている研究は獣医薬理学。獣医と名前が付きますが、ライフサイエンス、つまり医学・薬学・生命工学にもまたがる生命全体に対する研究です。中でも平滑筋に対する薬の効果の研究をしています。平滑筋とは人や動物の内臓や感覚器官にある運動を制御している筋肉組織。例えば寒くなると血管が収縮したり、お風呂に入ると血管が弛緩したりしますが、それはまさに平滑筋の働きによるものです。平滑筋によって血管が弛緩されれば、血圧は下がります。高血圧の薬には、そういった血管を弛緩させる作用があります。同じように下痢止めの薬には、腸管を弛緩させることで下痢を止める作用があります。このように平滑筋に作用する薬には様々なものがありますが、私の研究は既存の薬による本来の効果とは別の作用を、各種の平滑筋の動きに見出すことにあります。

そうした本来の薬効以外に、別の組織や器官への作用を証明することは、ドラッグリポジショニングと呼ばれます。例えば頭痛の時にお世話になったりするアスピリン。この薬は血管の平滑筋に作用するのですが、次々に新しい効果が見つかっていて、血液が凝固するのを抑制する薬としても使われることがあります。またある種のガンに効く可能性があるとの研究報告も増えています。

私の研究室では、現在、ある種の糖尿病治療薬やHIV治療薬が、循環器疾患(=血管を動かす平滑筋の疾患)の治療薬にもなる可能性の解明に取り組んでいます。ただこうした研究は、生きている人間の臨床でデータを取ることは困難です。動物の組織を利用し、遺伝子や生化学の手法を使ってエビデンス(裏付け)を取る、ということが必要です。人間の医師と薬剤師は医療現場では役割が完全に分業されていますが、獣医師はそうではありません。また、工学部でライフサイエンスを研究している人は、細胞や組織のことには精通していますが、生命そのものを扱った経験は少ないです。そこで、様々な動物の病気の症状や薬効、性質に精通していて、生命科学全体を俯瞰できる獣医師の出番となります。研究室では動物の組織を使用して、平滑筋に対する薬の影響を調べています。

このような基礎研究から得られた成果が、様々な研究に応用され、今後は動物と人間の枠を超えた、新しい薬や治療法の開発につながっていくのです。

獣医学特集

獣医師には、コミュニケーション能力が重要

獣医学は医歯薬系と同じ6年制。しかも学問としての範囲が広いですから、学ぶことはたくさんあります。特に難しいのは、学ぶ教科が完全には独立していない点。どの教科も密接な関係があるのです。例えば「〇〇」といった教科を勉強して、次に「××」という教科の勉強をする、というやり方では対応できない部分があります。「〇〇」の理解には「××」のこの部分を理解していないとできない…というのが獣医学部の科目の特徴です。しかも、卒業論文も設定されています。ですから高校時代から、目的のハッキリしたバランスの良い勉強法を身に付ける必要があります。

さらに獣医師を志望するにおいて、もうひとつ非常に重要なこと。それはコミュニケーション能力です。コミュニケーションが苦手だから人間相手の医師や薬剤師ではなく獣医師を目指す、という学生さんがたまにいますが、そうではありません。動物は話せませんから、飼い主から症状を引き出す部分が当然あります。その時、有効な情報をどれだけ引き出すことができるか、というのが必要になってます。また研究室に入るにしても、共同研究が多いため、情報共有や役割分担の面で各研究者同士のコミュニケーションがどうしても必要になってきます。

こういった学問の特性を認識した上で、これから入学してくる学生さんに身に付けて欲しいのは、「分からないことを聞く、調べる力」「イメージを膨らませ、それに対して考える力」です。前述のように獣医師にも様々な仕事があり、それぞれ目的も着地点も違います。私も動物が好きで、高校時代は”動物のお医者さん”を目指してきました。しかし大学に入ってからは「生命とは何か」に興味を持ち、この研究を続けています。

獣医師は常に好奇心を持ち、考え、想像力を働かせる仕事。自分が身に付けてきた知見を駆使して取り組んできたことが、やがていかなる形であれ実を結んだ時は、非常な達成感を感じる職業だと思います。