【農学特集】スペシャルインタビュー パナソニック株式会社|大学Times

  1. 大学Times
  2. 特集記事一覧
  3. 【農学特集】スペシャルインタビュー パナソニック株式会社

大学Times Vol.41(2021年7月発行)

【農学特集】スペシャルインタビュー パナソニック株式会社

【農学特集】

「農学」が今 、改めて注目を集めている。コロナ禍でも好調な食品産業への就職力がある事や 、農業自体にAIとの親和性があり、新しい可能性に満ち溢れている事も人気の理由であろう。さらにデータサイエンスなど最新技術を活用した「近未来型農業」「スマート農業」に代表されるように、新たなビジネスチャンスが現実味を帯びてきたことに対する期待が高まっている。現在、日本の複数企業が垣根を超えて省庁や大学と連携し、新発想の植物工場の実用化が進められているという。コンソーシアムに参画したパナソニック株式会社イノベーション戦略室の松本幸則氏に話を伺った。

松本 幸則(Yukinori Matsumoto, Ph.D)

パナソニック株式会社イノベーション戦略室
戦略企画部 技術戦略課

日本の暑い夏に美味しい野菜を作る
石垣島で5年間の挑戦が今春完結

3月26日、オンラインと現地(沖縄県石垣島)の半々で「アジアモンスーンPFSコンソーシアム」報告会を行いました。本コンソーシアムは、2016年から2020年度末まで、生研支援センターの「『知』の集積と活用の場による研究開発モデル事業」に取組み、複数の企業や国の研究機関、大学が協同で技術開発を進めました。日本の農業と工業を融合し、ハイテク技術を内蔵したハウス栽培を実施することで、日本の暑い夏でも美味しい野菜を栽培することが目的です。日本のイチゴやトマトは大変美味しく、東南アジアなど海外でも評判の高い農作物ですが、それを海外でも日本と同じように栽培し、安心安全で美味しく楽しんでもらおうという取り組みです。

【アジアモンスーンPFSコンソーシアム参画機関】
三菱ケミカル(株)、パナソニック(株)、富士フイルム(株)、シチズン電子(株)、タキイ種苗(株)、(株)堀場製作所、(国研)農研機構、(国研)JIRCAS、(国研)産総研、名古屋大学、大阪大学大学院工学研究所、東京大学大学院工学系研究科、北海道大学大学院工学研究科

温暖化で真夏は野菜が育たない
室内を涼しく保つ“ハイテクハウス栽培”

イチゴはクリスマスシーズンから4月ごろまでが収穫の時期にあたり、暑い時期には育ちません。トマトも夏の野菜のイメージがありますが、実は暑さが苦手です。昨今、日本も温暖化で夏が“より暑く”なり、真夏に野菜が育ちにくい地域が増えてきています。そこで暑い季節、暑い地域でもトマトやイチゴを作れるようにするというプロジェクトなのです。

もともとハウスは「温室」という名前のとおり、温める目的で使われることが一般的です。その一方、囲うことで、外の環境と分離が出来るという機能もあります。これにより、環境制御を行うことができます。資材や機器を組み合わせることにより、ハウスの中を比較的涼しく保つことで、暑い地域でも暑さに弱いイチゴやトマトが作れるようになるのです。しかし、これらの技術を1社ですべて作り上げることは容易ではありません。環境制御はエアコンなど人が快適に暮らすための技術であり、工業製品です。農業だけでなく工業界も一緒になって、国の研究機関や国立大学が協働してシステムを作り上げました。

国内市場だけでは消費量に限界も
成長著しい東南アジアに活路

このシステムがめざすのは、日本の“より暑くなった夏”でも今まで通りに農作物が作れること、もう一つは日本の農業産業を海外向けに推し進めることです。農業は「食べ物を作る産業」なので、人口減少に転じた日本国内だけで消費を伸ばすのは難しく、成長産業にするには、少し視点を変える必要があります。今回、私たちが提案している東南アジアは人口が増加し、生活水準が向上してGDPも増えています。そのような地域の人々は、「より良いものを食べる」「安心安全のためにお金を支払ってくれる」という傾向があるので、人口増加以上の伸びが期待されています。さらに日本の農業に対して、良いイメージを持っていることも追い風になります。ただ、農産物の輸出入においては検疫を含めた煩雑な手続きや、様々な規制があるため、農作物を国内でどんどん生産して輸出するということには限界があります。そこで、こうした「設備を輸出」し、日本とほぼ同じ品質の野菜を現地で栽培、消費してもらうことで、最終的には日本の農業の拡大に結びつけることを目的としています。

リモートでの環境制御と日本からの栽培指導を
セットにして設備を輸出

設備を輸出するだけでは、日本の農家にメリットがありません。そこでICT技術をつかった環境制御と栽培指導の仕組みを新たに作り上げました。設備はあるだけではだめで、賢く動かすにはセンサーで日射や湿度、CO2量を見ながら、換気扇を止めたりエアコンで温度を下げるなどの環境制御が必要です。この環境制御を、日本のサーバーから行います。作物の栽培には、人の手が不可欠です。例えばトマト栽培の過程では、不要な草取りや害虫駆除などの作業が大きなウェイトを占めています。この栽培指導を日本の農家からリモートで行ってもらいます。

このような遠隔による環境制御と栽培指導をセットにした設備を導入することで、指導料を日本の農家の方にペイバックすることを想定しています。

石垣島での実験で高収穫量と低コストを実証

以上の技術をこの5年間で開発し、東南アジアに環境の近い沖縄県石垣島で実証実験を行いました。その結果、トマトは10アールあたり年間30トンという目標を超え、年間40トン収穫できました。イチゴは10アールあたり5トン、パプリカは10アールあたり10トンと、一般的な耕作地の平均以上の成果を上げました。設備導入コストも、1ヘクタールあたり2億円以下に抑えました。これまでは4~6億円はかかっていましたので、かなりの低コスト化を実現でき、生産者の収益向上にも役立つと考えています。

さらに今後の市場開拓として、在日本大使館を通じて東南アジア諸国へ本設備の案内をしたところ、タイ、インドネシア、ミャンマー、ブルネイ、インドの関係者から、是非見学したいとの要望を受けました。現在、各国大使館からの見学を受け入れながら導入に向けた議論が始まっています。

ICT分野で貢献したパナソニック

弊社が担った大きな役割は、ICTの部分です。石垣島での栽培実験には次のような課題があり、弊社の技術を利用・開発しました。

①栽培環境の問題
トマトやイチゴは高温多湿の環境が苦手。日射量と室温、湿度の調整や日射量に合わせた水やりやCO2濃度の変動が必要。
⇒クラウド型統合環境制御システム「Smart菜園’sクラウド」を利用、さらに「高温多湿環境向け環境制御プログラム群」を開発

②栽培管理の問題
日本品質の野菜生産には日本型の栽培管理が必要。現地担当者では管理が難しいのでは?
⇒クラウド型栽培管理システム「栽培ナビ」利用
 作業や生育をデジタルデータとして記録し共有(マニュアル化)
 人に依存しない管理法を確立

それぞれのデータはすべてクラウド上に上がっていて、他地域にいても現地にいるかのように状況の把握が可能です。台風の緊急時に、窓を閉める・遮光カーテンをかけるといった制御を、大阪にいる私がリモートで実施することが出来ました。これがインドネシアでもタイでも、同様の管理が可能になるのです。昨年の今日はどのような環境制御をしたか、といったデータも蓄積しており、直ぐに今日の環境制御プログラムとして再利用することができます。このようなシステムはこれまでにはないものでした。「栽培ナビ」では、農薬管理もできます。昨今、農薬問題が取り上げられることも多くなっていますが、日々の農薬使用量を記録することで、使い過ぎないよう管理が出来ると共に、過去の記録を探してノウハウを活用できるのです。

実は、1年目は目標を大きく下回る収穫量となってしまいました。しかし、ICTを活用してデータを蓄積し、改善活動を行うことで、最終的には目標以上の成果を残すことができました。

仲間づくりから政策提言、参画へ
企業・機関を超え一体となった“チーム”

産業競争力懇談会(COCN)という、日本の企業約50社が集まって政府に政策提言をする場があります。2015年と2016年に「アグリイノベーションコンプレックス」という提言活動を行いました。この活動を通じて、同じ想いを持つ仲間作りが出来ました。幸運なことに、その頃、農水省から異分野技術を連携させた事業の公募があり、本プロジェクトに参画した企業で応募、採択されました。仲間作りから始めて提言活動をつづけた結果が、国の施策方向と一致したという経緯があります。今回は石垣島に各企業の担当者が一堂に会して作業を行うこともあり、各社の垣根を超えたチームとしての一体感がありました。初年度の苦い経験があったから「これはいかん!」となり、チームの結束が固まったと感じています。

日本の農業もICT本格導入を

このシステムは国内でも利用可能です。昔と比べて日本も高温になり、特に南の地域では10年前に作られていた農作物が、今はできなくなったという問題も抱えています。沖縄や九州の農業事業者で使いたいという方へは、積極的にご提供する所存です。

われわれ電器メーカーにとって「リモートは日常のもの」ですが、農業界はまだ「現場に行かないと何もできない」という状況が多いようです。実際に外出先で台風に遭い、帰るのが遅くなってハウスが壊れた場合でも、リモートでハウスの窓を開けられれば助かっていたという声もあり、国内でも早くICTが導入できるようになれば、と願っています。

農学を志す若い人へメッセージ

農業は頑張った分、応えてくれるのでモチベーションが高くなります。農学は可能性の大きい分野で、まだわかっていないことが多いのです。サイエンスという意味においては、やるべきことがたくさんありますので、是非ともチャレンジして欲しいと思います。食は生きものの根源であり、生きるために必要な産業です。農業発展に貢献できることは、強いモチベーションになります。若い皆さんには、わかっていないことを追求し、農業を大きな産業に発展させていただくことを期待しています。