【インタビュー】明治大学 総合数理学部 砂田利一教授−数理と情報を軸とした新学部誕生−|大学Times

大学Times Vol.5(2012年6月発行)

【特集】理工系特集 進学を選ぶ学生が増加傾向 理工系学部全体では約4割が大学院へ

実社会における数理科学の役割を学ぶ 数理と情報を軸とした新学部誕生 明治大学 総合数理学部※2013年4月新設予定

2012年7月現在、届出設置書類提出中。名称その他計画に変更が生じることがあります。

砂田利一教授

明治大学 総合数理学部
砂田利一教授

明治大学は2013年4月から、東京・中野に開校されるキャンパスに『総合数理学部』を新設する。数理と情報を学びの中心に据え、文系科目も重視したカリキュラムを想定しており、社会に貢献する数理科学の創造、展開、発信というコンセプトに期待が集まっている。日本は欧米諸国と比較して、数理科学への評価が低く教育体制も整っていないと言われている。科学技術の礎となる数学の衰退は、技術立国日本の衰退に直結すると言っても過言ではない。ここでは、明治大学の新設学部を通じた数理科学振興への考えや数学教育の在り方について、総合数理学部設置準備委員長の砂田利一教授に話をうかがった。

総合数理学部を新設される理由とその背景を教えて下さい

砂田教授:現在の日本において、数理科学の必要性を説き広めると同時に、数理科学に対する関心を高めることは、非常に重要な責務だと認識しています。

2005年に文部科学省・科学技術政策研究所がまとめた報告書では、日本は数学研究論文数に関する世界シェアで中国に抜かれ第6位(2000年〜)。主要国の世界シェア比率を見ても、フランス〔2.0〕、中国〔1.8〕に対し、日本は〔0.6〕と数値が低く(全分野研究と比較して)数学研究が活発ではない国とされています。さらに、他分野との結びつきが薄い日本の数学研究の現状は、「忘れられた科学」などと評されています。

一方、欧米諸国では、数学と他分野融合研究に関する国家プロジェクトなどが実施されており、数学研究者は産業界でも幅広く活躍しています。また、欧米の大学・研究所を対象とした「今の科学に何が必要か」というヒアリング調査に対しては、どこも口をそろえて「数理科学が絶対に必要だ」と回答したそうです。特に、ライフサイエンスの分野における数理科学の必要度は高く、例えばゲノムの莫大なデータを解析し新しい数理モデル(現象を数式で表したもの)を作るためには数理科学が必要不可欠だと言われています。

明治大学理工学部の数学科では、これまで大学院教育や研究などを外部に発信し続けてきました。数理科学を中心とするプロジェクトの中には、グローバルCEO、大学院GPに採択されたものもあり、これらの研究と教育が認められてきたという事実が、総合数理学部新設のきっかけともなりました。

総合数理学部の特徴について教えてください

砂田教授:総合数理学部は、現象数理学科、先端メディアサイエンス学科、ネットワークデザイン学科の3つに分かれており、数理科学と実社会との関わりを研究テーマとしてます。

よく、高等学校の先生が生徒から「数学を学んで何になるのですか?」と質問され、「受験に役立つから」程度しか答えられなかったという話を聞きます。確かに、数学は受験における重要な教科のひとつではありますが、勿論それだけではありません。宇宙、自然、経済、美術、生命、人の思考・・・、数学は信じられないくらい幅広い分野で使われています。現象数理学科では、このような実社会で生じる様々な現象と数学との関わりについて学びます。

先端メディアサイエンス学科では、人間社会におけるコンピュータシステムについて研究し、人間に優しいシステムを作ることを目的としています。「バーチャルリアリティ」という言葉がありますが、その奥底には「人間が目で認識するものを、コンピュータを使って同じように認識したい」という目標があります。例えば、コンピュータを用いて触感を伝えるという研究が、先端メディアサイエンス学科で実際に行われています。人間が楽しく、幸福になるようなメディア技術の実現について探究するのが、この学科の目的です。

先端メディアサイエンス学科/現象数理学科の研究例

ネットワークデザイン学科は、最適なネットワークについて研究します。例えば、電力網やスマートグリッド、スマートシティなどを、最適(=効率的・経済的)に構築する方法について考えます。単なる設計や運用にとどまらず、人間の安全や環境問題という点からの最適さを考慮した、スマートな社会の実現を目指します。

総合数理学部では、このように「数理科学の幅広さを利用して、様々な科学技術に関わっていこう」という考えが学びの中心となります。

総合数理学部では、どのようなカリキュラムを想定していますか?

砂田教授:総合数理学部では、文系科目を重要視しており、完全に科学一辺倒という授業は想定していません。総合数理学部の新設が予定されている中野キャンパスには、国際日本学部があり、お互いの学部生が行き来しながら科目を履修できるようにする予定です。

また、先端メディアサイエンス学科には音楽やデザインのような芸術に関連する科目がありますし、現象数理学科の授業においては、数学の歴史を教える「数学史」の導入を予定しています。

これまでの数学の歴史の中で、無数の数学者たちが無数の概念を生み出し思考を重ねてきました。その例として、「無限」という概念に対する考え方の一つ「バナッハ・タルスキーのパラドックス」という定理があります。この定理は、『3次元空間内で球を有限個に分割し、それらを回転・平行移動操作のみを使って組みかえることで、元の球と同じ半径の球を2つ作ることができる』というものです。説明するまでもありませんが、この定理は数学的には可能でも、物理的には不可能。数学という抽象的な世界ではできても、具象的な世界ではできないというギャップがあるのです。

このように社会に全く役立たない定理もありますが、だからと言って全く学ぶ意味も無いというわけではありません。古代ギリシアから始まり現代に至るまで、人間の無限に対する考え方が進化していった過程を学ぶことも大事なのではないか。つまり、具現化できないことに対しても、人間が熟考し考え方を進化させてきたことが、人間社会を豊かにすることにつながったのではないかと。このような、数学と精神世界との関係性、精神・社会を支える文化を学ぶことも重要視しています。

卒業後の進路先は、どのようなところを想定されていますか?

砂田教授:現象数理学科の就職先は、既存の数学科と共通するところがあると思います。金融系の数理ファイナンスを学んだ人は金融機関や保険会社、自信を持って「数学と社会とのつながり」を学生に伝えられる人は中等・高等教育の教諭を目指して欲しいです。先端メディアサイエンス学科からは、驚いたり、ワクワクしたりする感情を大切にしながら、今までにない様々なコンテンツを提供できる人材を輩出します。ネットワークデザイン学科からは、社会インフラ基盤の構築に関わる進路が想定されます。特に震災後は、どのように電力ネットワークを構築していくかが注目されているため、そのような問題に取り組む企業への就職も期待できます。また、いずれの学科も教育内容がコンピュータと密接に関連していますので、情報産業への就職も視野に入れています。

現象数理学科卒業後の進学先として想定しているのが、現在大学院にある先端数理科学研究科です。あとの二つの学科に関しては、2015年には先端数理科学研究科に対応する専攻を開設予定です。開設以降は、学部生の大学院進学率は約50%と考えています。

理系離れ(数学嫌い)という問題についてどうお考えですか?

砂田教授:この問題は非常に難しく、日本数学会でも数学嫌いを何とかしようと、様々な取り組みがなされています。高校生を集めて模擬授業を行ったり、市民講演会を実施して数学の重要性を説いたり、啓発書や啓蒙書を書いてアピールする学者もいます。

総合数理学部は数学と社会とのつながりをキーワードの一つとしていますので、オープンキャンパスを利用した模擬授業や講演会などを積極的に開催し、数学の楽しさを広く一般にアピールしていく予定です。ちなみに、過去に明治大学で実施した模擬授業では、シャボン玉を用いて極小曲面を作ったり、結晶キッドでユニークな形状を作成したりといった、手を動かし目で見える授業が生徒たちに好評でした。逆に、論理だけを追った内容は駄目でしたね。

こういった取り組みも大切なのですが、最も重要なのは、高校の教員が数学の有用性を理解し、生徒たちに伝えられるようになることだと思います。先ほどの話にもありましたが、生徒たちの数学への興味を深めるためには、数学を学ぶ意味を問われたときに「受験のため」ではなく、数学と社会との関わりや楽しさを教えることが必要です。これは、高校の教員に問題があると言っているのではなく、これまでの教員を養成するための教育システムに問題があった??つまり我々大学側に問題があったと認識しています。今後は高校の教員と連携を図りながら、この問題に対してより理解を深めていく必要があると考えています。

【プロフィール】

砂田利一(すなだ としかず)

1948年9月7日生まれ。東京大学大学院修士課程修了。理学博士。
名古屋大学、東京大学、東北大学の教授を歴任し、現在明治大学理工学部教授、東北大学名誉教授、原子分子材料科学高等研究機構(WPI)連携教授。
専門は離散幾何解析学および大域解析学。研究の傍ら、一般の人たち(非専門家)が抱く数学のイメージと、数学研究者が抱く数学のイメージの間のギャップを埋めることが重要と考え、機会があるごとに啓発活動を行っている。