地方私立大学の「公立化」特集|大学Times

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大学Times Vol.24(2017年4月発行)

【地方私立大学の「公立化」特集】地方私立大学で進む公立化の動向分析

地方私立大学の公立大学への転換が続いている。

地方創生策の一環として、私大が公立化することで学費が抑えられ、地方に若者が流入し地方が振興する、また就職活動では公立というブランドで有利な面があるという声も聞こえてくる。一方で懸念材料が指摘されている面もある。過去の事例も踏まえ、私大の公立化の現状を分析してみた。

公立化の背景

 地方私立大学が続々と公立大学に転換している。2009年に高知工科大学(高知県香美市)、2010年に静岡文化芸術大学(静岡県浜松市)、名桜大学(沖縄県名護市)、2012年に鳥取環境大学(鳥取県鳥取市)、2014年に長岡造形大学(新潟県長岡市)、2016年に山口東京理科大学(山口県小野田市)、福知山公立大学(京都府福知山市)、2017年に長野大学(長野県上田市)が公立大学となった。

 今後も、2018年の諏訪東京理科大学(長野県茅野市)、公立小松大学(石川県小松市)の2校を含め、公立大学化が続く見込みだ。背景には公設民営大学のわかりにくさ、地方私立大学の苦戦と地方創生政策の3点がある。

1)公設民営大学について

 まず、1点目の公設民営大学について。地方自治体が大学を誘致する際、大学設立に必要な土地、資金などを学校法人に提供。運営形態は民間(学校法人)に任せるという方式である。公設民営大学によっては、開学に関与した自治体職員が大学職員として出向するケースもある。一見すると公民両方のいいとこどりのようにも見えるし、実際、自治体側を中心にもてはやされたこともあった。が、ちょっと考えればわかるが、受験生や保護者・高校教員からすれば、単なる私立大学である。それも小規模校が含まれており、そうなると受験生側からすれば、「サークル活動など学生生活がそこまで活発でなさそう」、「大規模校に比べて教育が不十分そう」というイメージの悪さもあり、敬遠されることになった。実際に、萩国際大学、愛知新城大学など民事再生法申請・閉校に追い込まれる大学も出てしまった。実際に教育内容が充実している大学もあったが、それでも地方の私立大学というハンディキャップは大きい。

2)志願者の伸び悩み

 2点目の地方私立大学の苦戦、これは受験生の意識の変化が大きい。

 1980年代までは大学進学率が急上昇しており、就職状況も良かったことから、地方私立大学もそれほど苦戦することはなかった。が、1990年代から状況が変わる。
まず、就職状況は就職氷河期(1993年ごろから2005年まで)に突入。そう簡単に就職できなくなった。保護者も学費・生活費の負担を敬遠するようになる。大学進学率も伸びたが、1980年代以前ほどの上昇はしなくなった。

 受験生は他の地域の私立大学に進学するのはよほど大規模か、そこでしか学べないような学部で、かつ就職先が確保されているなどがあるか、どちらかしかない。一方、同じ地域の受験生はと言えば、国公立大学への進学が優先される。それが難しい場合は、経済的な問題から専門学校または短期大学への進学に置き換わる受験生が2000年代以降、増えていった。これも、地方私立大学にとっては志願者が伸び悩む要因となった。

3)地方創生策

 3点目の地方創生策は、2012年以降続いている安倍晋三内閣の看板政策の一つである。地方を振興するという点では大学の存在は重要である。若い世代を地方に増やすことになるからだ。仮に大学が閉鎖すると地域経済への影響が大きい。救済という点からも公立大学化は理にかなっている。これはあまり知られていないが、公立大学となっても、該当自治体の負担が極端に増えるわけではない。大学の運営費の一部は国の地方交付税交付金として配分されるからだ。

 以上3点が背景となり、地方私立大学の公立大化が進んでいる。

公立化で変化するもの

 もともと、学費がそれほど高額でなかった大学でも、公立大学化により、他の公立大学と同じ程度に引き下がる。学費以上に大きいのが「公立大学」というブランドである。

 それまで私立大学であれば敬遠していた他地域の受験生も、公立大学となれば、話は変わる。志望者は全国から増えるし、その分だけ、偏差値は跳ね上がる。結果として、数年後には他地域からも受験生が集まるようになり、学生の質も向上。後述するが、企業側の見る目も変わってくる。

 教育体制は、公立化で学部改編や大幅なカリキュラム変更がなければ、そこまで変化はない。

地方大学の公立化の行方

 今後、公立大学化が見込まれるのは、2018年度に諏訪東京理科大学(長野県茅野市)、公立小松大学(石川県小松市/私立短期大学と専門学校を改編)の2校である。それから、検討段階にある大学としては旭川大学(北海道旭川市)、千歳科学技術大学(北海道千歳市)、新潟産業大学(新潟県柏崎市)などである。

 他にも公設民営大学や経営難の地方市立大学が公立大学化していく可能性は高い。

 政府の地方創生政策にもかなっており、自治体側の負担もそれほど高くないからだ。

 ただ、長期的には教育への国費負担が増大することになる。今のところ、国立大学は北海道大学がリストラ策を発表するなど、大学への国費負担は抑制されている。地方私立大学の公立大学化は逆行するものであり、矛盾とも言える。そのため、中長期的に見れば地方私立大学の公立大学化は歯止めがかかる可能性もある。

就職状況や就職の展望

就職状況や就職の展望

 初年度は、まだ私立大時代に入学した学生ということもあり、極端に跳ね上がるわけではない。ただ、主要就職サイトでの扱いが私立大学から公立大学へと変わるのは大きい。リクナビ、マイナビ、キャリタスナビ(旧・日経就職ナビ)など主要な就職ナビサイトは学生が住所や所属大学など個人情報を登録、無料で企業情報を検索していくサイトである。説明会の予約などもこのサイトでできる。

 企業側は掲載料を運営する就職情報会社に支払うことで成り立っている。

 さて、この就職ナビサイトだが、企業側は説明会予約などの人数調整のために「大学名フィルター」を導入している。ある企業がMARCHクラスの学生を中心に採用したいと考えたとしよう。その場合、MARCH以上の大学に所属する学生であれば、ぎりぎりまで空席表示を出しておく。その1ランク下、日東駒専クラスだと説明会の告知から数日程度で満席表示を出す、さらにその下だと1日だけ空席表示、その後は満席表示とする、と言った具合だ。

 この大学名フィルター、本当は企業に直接電話をかけて交渉すれば出席できるなど抜け道も多い。が、それを知らない、あるいは知っていても行動に移せない中堅以下の大学に所属する学生は志望企業の説明会にさえ出席できず苦戦することになる。

 これは地方私立大も扱いは中堅以下の大学と同じである。その点、公立大化すれば、扱いが公立大学となる。採用担当者からすれば、そこまで大学事情に詳しいわけではない。かつての偏差値や前身がどうあれ、選考に参加した学生の大学が公立大学であれば、公立大学という扱いをするだけである。

 最終的に採用の是非は学生の人物本位で決まる。とは言え、公立大学化によって就活の関門の一つは軽減されることは間違いない。繰り返すが、最終的には学生の人物本位で採用の是非は決まる。その根底にあるものは、学生個人の努力、それから大学の教育にある。単に公立大学化したからと言って就職実績が跳ね上がるわけではない。進学に値するかどうかは教育内容の充実など大学側の努力も含めて検討すべきである。

石渡 嶺司

【編集者プロフィール】

石渡 嶺司(いしわたり れいじ)

大学ジャーナリストとして大学、就職活動などの書籍・記事を執筆。高校での進路講和、保護者向け講演や大学でのキャリア講演なども多数。主な著書に『キレイゴトぬきの就活論』(新潮新書)、『y就活のバカヤロー』(共著・光文社新書)、『就活のコノヤロー』(光文社)、『時間と学費をムダにしない大学選び2016』(共著・光文社)など多数。