大学Times Vol.26(2017年10月発行)
文系、理系の区別なく幅広い知識を得ながら、専門性を深めることで、豊富な知識に裏打ちされた創造的な発想を可能とするリベラルアーツ。国際基督教大学(ICU)はリベラルアーツを実践する中で自然科学分野の教育も推し進めている。ともすれば国際性の部分が話題となることの多い同大の理系教育の実際、取り組みや今後の方向性などについて、内閣府政策統括官付上席科学技術政策フェローとしても活躍される、教養学部 アーツ・サイエンス学科 溝口剛教授に伺った。
私は筑波大学を卒業後、理化学研究所、複数の海外の研究機関、母校の筑波大学に在籍し、植物の分子生物学と分子遺伝学に関わる研究に携わってきました。次は私立大学を経験することで、多くのことが見えてくるのではないかという思いもあって、ICUに着任しました。
ICUが実践するリベラルアーツは、文系、理系の区別なく幅広い知識を得ながら、専門性を深めることで、豊富な知識に裏打ちされた創造的な発想を可能とする教育です。ICUというと、ともすると国際性のイメージばかりが目立ってしまいますが、私の見方は違いました。私の研究対象である植物に関わる分野で有名な研究者がICU出身だということも知っていましたし、以前から優秀な研究者が輩出されているのにはそれなりの理由があるはずだと思っていました。確かに研究設備という点では大きな研究大学の方が勝っているかもしれませんが、ICUはポテンシャルの高い学生が多いので、教育能力も研究能力もさらに向上できるよう期待をしています。
ICUの自然科学分野全体を見回すと、生物学、物理学、化学そして数学と情報科学という基本的な5分野が存在しています。ただ、ICUは少人数の大学のため、カバーできる分野が限られてしまうことも事実です。
そこで私自身の経験やネットワークを活かして、東京農工大学、筑波大学、そして奈良先端科学技術大学院大学との連携協定締結の推進の中で、自然科学分野を中心とした連携に着手しました。
地理的にもキャンパスが近い東京農工大学との連携では、ICUの学部中心のリベラルアーツ教育とのペアリングは、理系プロパーの大学院中心の国立大学では相互に資するものがあると考えました。先方にとってもICUの人文・社会科学系の科目が必要であり、我々にとっても本当に欲しい先端機器、先生方のスキルという魅力があります。
競争的外部資金の獲得については、東京農工大学を中核機関として、大型予算4つの獲得に我々も参画しました。例えば文部科学省関連で、国立研究開発法人科学技術振興機構法(JST)が管轄する若手研究者の育成事業です。いくつかの研究機関が合同でひとつのコンソーシアムを作り、そこで若手のPI(principal investigator)を5年間研究や教育をやりながら育成していく仕組みです。博士課程の学生たちを他の研究機関で育てていくという環境も作りました。
また、奈良先端科学技術大学院大学との連携も行っています。ICUは学部中心のリベラルアーツ大学です。先方は大学院大学ですから、学部中心の大学から一定数、多様な背景の学生が入ってくることはメリットになると思います。ICUは、学部生が進路選択の際、このような最先端の研究を行う大学の詳細な最新情報をもてるという、安心できる環境があります。
三番目に着手したのが、筑波大学で、ICUでは開講されていない医学系、芸術系、そして体育系の専門学群の授業があります。そのような分野か らICUの学生たちが多様な学びを得て、卒業研究などを取り組むことができるようになったことは歓迎すべきことです。
ICUでは海外留学プログラムも数多くありますが、必ずしも遠隔地に長期間行かない形の留学もあると思います。そういう意味では筑波大学は中距離で中期間の国内留学という点で、新たな選択肢になるのではないでしょうか。筑波大学では、1学期間もしくは2学期間卒業研究指導を受けることができ、来年の4月から、少なくとも生物学の分野で二名の学生を派遣する予定です。
このように、希望すればさまざまな先端研究ができる環境を整備しています。
昨年、沖縄科学技術大学院大学がホストとなり、ハーバード大学、スタンフォード大学、ポモナ・カレッジというアメリカの非常に自然科学分野に強い大学、そして日本からは東京工業大学とICUが招待されて6名の学部生プラス教員、大学院1名の混成チームで1週間のワークショップを実施し、英語で一週間、朝から晩まで缶詰で実験実習や授業を行い、ディスカッションを経て、最後はチームでのプレゼンテーションを行いました。そのような中でもICUの学生は、英語能力はもちろんですが、プレゼンテーション能力が非常に高く、学生も非常に良い経験ができました。
今後も我々の潜在能力を示しながらこうした試みに挑戦し、連携の実績を積んで行きたいと考えています。連携先の大学における学生たちの学びが、ICUに戻ってからの研究にも良い影響を与え、教員同士の共同研究なども発展していけば、さらに自然科学分野の活性化につながっていくと考えています。
国内の教育関連機関にとって、特に少子化問題は大変深刻です。18歳人口が10年後、120万人から100万人規模になっていく見通しで、当然、この減少がすべての大学に影響してきます。各大学で考えてきた仕組みが少し頭打ちになりつつあり、新しい風を入れることが必要になってきています。この問題を各大学は真摯に受け止めて、危機感をもってしっかりと対応していくことが重要ではないでしょうか。
ICUの特に自然科学分野に関しては、幅広くいろいろなことに力を発揮する学生が極めて多いと思います。高校までは文系の科目を中心に勉強し、ICUで人文・社会科学系を学びながらも、途中で自然科学分野にスイッチしても十分に対応できる、そういう性質を元々備えていています。文理の枠を超えたカリキュラムで学んでいるので、人文・社会科学系の分野をメジャーとして卒業し、今度は海外のメディカルスクールに進学する学生がいます。国内の医学部に再入学や編入学、あるいは医学系の大学院に入るというような学生が毎年10名前後存在しています。
このような情報が、自然科学分野の研究をめざす学生の援助となればと思います。
このたび、内閣府の科学技術政策フェローへ就任しました。科学技術政策フェローは、大学や研究機関の現場における専門的知見等を政策立案過程において活用するため、内閣府にて科学技術イノベーションに関する専門的事項の調査及び分析、企画、立案に関する業務に従事します。科学技術イノベーションを推進するために、企業、大学、公的研究機関の連携を強化し、産学官のネットワークの構築などの業務を行ないます。
現在、いろいろな大学とさまざまな連携を試みています。今後、少子化が進んで行く中で、多くの中型私立大学が如何に、どうしていくのかが国にとっても重要な課題です。ICUの活動が、すべての教育機関の種々連携や再編のモデルの1つとなれればと思います。理系と文系のバランス、そのあたりを我々が実践しつつ、関連府省とも意見交換を行い、新たな大学像を探っていきたいと思います。
国際基督教大学 教養学部 アーツ・サイエンス学科
溝口剛教授(自然科学デパートメント長 研究戦略支援センター長)
筑波大学生物科学研究科生物学専攻修了。博士(理学)。筑波大学第二学群生物学類卒。現・内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)付[総合科学技術・イノベーション会議事務局]上席科学技術政策フェロー。