グローバル系大学特集学部長インタビュー
グローバル化による世界の「同質化」と「異なる他者」との出会いに向き合いことばと文化を理解する
~東京外国語大学~
大学Times Vol.40(2021年4月発行)
グローバル系大学特集
日本における諸外国研究の歴史は 、江戸幕府の官営学校「蕃書調所」がルーツであるといわれている。その流れを受け継ぐ東京外国語大学は、世界100以上の地域研究と言語教育の集結地として、今日まで日本のグローバル教育を牽引してきた。3学部体制になって3年目を迎えたが、中でも今、言語文化学部が注目されている。山口裕之言語文化学部長に話を伺った。
東京外国語大学 言語文化学部長 山口 裕之(やまぐち ひろゆき)
大学院総合国際学研究院教授/学術博士
私の特徴の一つは、対象となるものがわりと手広いことではないかと思います。現在は、ヴァルター・ベンヤミンという20世紀前半の思想家の思想とメディア理論、知覚にかかわる理論的言説が、このところ一番精力的に取り組んでいる対象です。
1985年03月 東京大学教養部(文科系)教養学科第二「ドイツの文化と社会」 卒業
1988年03月 東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻 修了
1992年03月 東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻 単位取得満期退学
専門分野はヨーロッパ文学。研究テーマはドイツ文学、表象文化論、メディア理論
教養科目であり専門科目でもある「専攻言語」
本学は1年次から4年間かけて、教養的な科目(世界教養プログラム)と専門の科目(専修プログラム)をバランス良く学ぶ、というのが特徴のひとつです。入学時に選んだ「専攻言語」とともに、「教養外国語」・「GLIP英語」・「諸地域言語」を第二、第三の外国語としても学びます。たとえばドイツ語を専攻言語として入学した場合、ドイツ語のほかに英語やさらにあらたな言語を選ぶことができます。3言語以上を学ぶことや、英語を極めるべく、もう一つの外国語は英語のみ履修することも可能です。言語科目は一般的に教養科目に数えられますが、東京外国語大学(以下:外大)では教養的な科目であると同時に専門に直接関わる科目でもあり、特に言語文化学部は「言語能力の高さ」をとても重視しています。
学部を超えて専攻言語ごとに学内活動
外大では入学時にそれぞれの学部に分かれていますが、世界教養プログラムでは、すべて3学部(言語文化学部/国際社会学部/国際日本学部)合同になっており、学部を超えて一緒に学べるのも特徴です。特に毎年開催の大学祭「外語祭」では、学部の垣根を超えて専攻言語ごとにグループに分かれ、1年生は専攻地域の料理を作り、2年生は専攻言語で劇を演じます。この取り組みが学生の地域理解を深め、言語能力を磨くなど、重要な学びにもなっているのです。
幅広く総合的な専門領域研究
言語文化学部のおもな専門領域は、文化研究、言語学、外国語教育(主に英語)、通訳・翻訳などに分かれます。世界の諸地域の言語・文化研究では、文化、文学、演劇、語学などさまざまな学びの可能性がありますが、外大では幅広い視野でさまざまな領域の研究ができ、総合的な視点を養うカリキュラムとなっています。また、アジア圏でも中国や韓国だけでなく、アジア諸国全域の文化・言語に関わる授業を幅広く提供できるのは外大だけです。外大は決して外国語を学ぶだけではありません。広い視野でさまざまな地域や専門領域について学びつつ、その中から、自分が深く学びたい領域を選んでいくことになります。「総合的な視点からここを見ている」という意識づけがしっかりしていれば、他大学にはない学びを得ることができるでしょう。
国外での生活に困らない
高度な言語能力を2年間で習得
入学後、初めて学ぶ専攻言語の習熟度は言語によって差はありますが、1年次修了時で英検なら3~2級程度の力がつきます。2年次修了で準1級まで上達する学生もいますが、生活するのには支障のない程度まで言語力が身につくということです。長期留学は3年次からですが、基準をCEFRのB2クラスとしており、現地での生活や留学先大学の授業は支障なく受講しています。このように本学部の学生は、短期間で高度な言語能力を身につけますが、それは、習得した外国語を出発点として、その先にある専攻地域についての知識や専門領域の学びこそが重要になるからです。
多言語多文化の中で生きる力を養う
グローバル化によって欧米で支配的な価値観が世界を覆い、そのような意味では「同質化」しています。それと共に、グローバリゼーションによって異質な「他者」との出会いもあります。外大は「多文化共生」を強く打ち出しています。世界はさまざまなものが併存するのが当たり前であ、自分と異なるものを尊重して受け止めるために言語や文化を学ぶのです。知識だけでなく、実際の現場で活躍することをめざしていますが、卒業時には間違いなく達成していると実感しています。特に本学部の学生が言語能力の高さ以上に優れているのは、多様性のある環境の中に身を置いて、「それが普通だ」と思えることです。
好奇心旺盛で対応力の強さを発揮
「主体的に考え、行動し、発信する力」は本学部のディプロマポリシーにも明記していますが、理想論では決してありません。自分の専攻言語に限らず、多言語多文化の環境に対応し、コミュニケーションできる能力の高さは「さすが外大生」だと思います。対応が必要となるときには能力を発揮できる力を持っているのです。一年間の留学を経験すると、在学中に何度も海外に出かける学生が多く、好奇心旺盛で専攻地域以外の場所を訪問することもふつうのことです。
留学生との学内交流
留学生が語学授業の補助を行ったり、留学生と日本の学生がタンデムを組んでお互いの母語を教え合うなど、学内でも日頃から多言語多文化交流が行われています。それだけに、コロナ禍によって移動の制約を受けたことは、外大にとって大きな痛手となりました。
留学の目的は 直接会い
パーソナルな経験を身に付けること
外大では幅広く専攻地域・言語に関する知識を教えていますが、留学では実際にその場に行って一人ひとりと会って、個人的な関係を持つことが何よりも重要な経験となります。単なる抽象的な知識ではなく、具体的な人の顔や特定の状況が思い浮かべられるような交流こそが大切なことです。オンライン交流ももちろんとても便利ですが、その場で直接話しながら得た経験こそが、多文化理解には何よりも必要なのです。
今は制約を受けていますが、グローバル化が進み言語や文化の境界を越えて活躍する人材が必要だという状況そのものは何も変わりません。内向きになりグローバルの学びをあきらめる必要はなく、むしろ今こそ、グローバルに動けるときのために大学で多文化共生を学ぶチャンスではないのでしょうか。
外大をめざす高校生が今から学ぶべきこと
英語ができることは必要であり、勉強するのは当然のことなのでそれを前提として説明します。
一般選抜(大学入学共通テスト後の試験)は英語のほか、世界史ないしは日本史を指定していますが、入試は外大からのメッセージでもあります。世界史を知らないと入学後にとても困ります。日本史を選択したから世界史はわからないと言わずに、せめて専攻言語の地域(ヨーロッパ、アジアなどの広域で)の歴史は知っておきましょう。そして、とくに19世紀後半からは、日本との関係の中で世界の歴史を知っておく必要があります。
①日本語の能力を高める
たくさん本を読む、文章を書く、プレゼンテーションをする能力が重要となるので、日本語の能力を高めることをぜひ意識してほしいです。また「外国語ができる」という場合、日本語との間のやりとりが必要になる場合が多いです。日本語の能力が低いと、できることも制約されてしまいます。英語力とともに、高度な日本語の力が必要なのです。
②日本(自国)の歴史を知ってほしい
いくら外国のことを勉強しても、自国の社会、歴史、文化を知らなければ、留学や交流の場などで困ることになるでしょう。自分の国の歴史・文化について深く知っていることは必須です。日頃からニュース等を見聞きして、今の社会の在り方、日本のさまざまな文化についてもぜひ関心を持ってください。