データサイエンティスト特集教授インタビュー
データサイエンスの真の浸透をめざして社会に役立つ人材育成こそ電通大の使命
~電気通信大学~
大学Times Vol.41(2021年7月発行)
データサイエンティスト特集
- スペシャルインタビュー データサイエンティスト協会
- 教授インタビュー 電気通信大学
- インタビュー 高千穂大学
電気通信大学は情報理工系の国立大学である。昨年、スーパーコンピュータの性能を超える量子コンピュータとAI(人工知能)を融合する「量子×AI」の教育研究を全学重点テーマとすることが新聞報道され、閲覧1位になるなど世間の反響も大きかったという。本格的なAI時代を迎え、データサイエンティスト育成が喫緊の課題となった今日、大学教育の最前線ではどのように取り組んでいるのだろうか。西野哲朗教授に話を伺った。
西野 哲朗(にしの てつろう)
電気通信大学 副学術院長 教授
大学院情報理工学研究科長 情報理工学研究科 情報学専攻
理学博士
AIを“創る人材”と“使いこなす人材”を育成
電気通信大学(以下電通大)は情報系Ⅰ類と理工系Ⅲ類、融合系Ⅱ類の、情報理工学域3つの類から構成された大学です。AIを創る人材(Ⅰ類)と使う人材(Ⅱ・Ⅲ類)を育成する教育プログラムを実践し、座学では終わらない実社会で活用できるスキルを身に付けることを特色としています。近年、国や産業界からは「大学でのデータサイエンス教育」が求められていますが、実は各大学とも「リアルなビッグデータを保持していない」という問題があります。電通大ではビッグデータ活用の実践的体験を行うべく、図書館など学内施設でAIによるデータ収集を行っています。さらにデータ関連人材の育成プログラム参加企業からの提供データを活用したデータサイエンス教育を実践しています。
学部1年生が「量子×AI」を必修で学ぶ
「総合コミュニケーション科学」
「総合コミュニケーション科学」は既にあった科目を「1年生が全員でAIを学ぶ」講義に改変し、今年度は8回目からの後半8コマでスタートしました。1年生約750名が量子AIや、AIを作るプログラミング言語「python」(パイソン)の基礎を学ぶ入門編です。その後はデータサイエンスの国際コンペティションサイト「Kaggle」(カグル)への挑戦を後押しし、学生時代から具体的な事例に馴染んでもらうのがねらいです。これは電通大だけの新しい取り組みとして、昨年5月に新聞でも報道されました。Web版では読者からのコメントも次々寄せられ、データサイエンスに対する世間の期待の高さを改めて知る機会となりました。
大学院でも「量子×AI」の講義を必修科目に
電通大では、データ分析やAIの関連科目がすでに多数開講されているので、既存のカリキュラムを整備すれば、新設科目が不要という強みがあります。「総合コミュニケーション科学」は修士1年生の選択科目にもあり、現在半数程度(250名程度)の学生が量子AIについて学んでいますが、来年度からは必修科目とする予定です。
今後は、学部1年生の講義コマ数も段階的に15コマまで増やすほか、「総合コミュニケーション科学」の講義内容や関連科目の標準的なテキスト(5~6冊)を発刊する予定です。
「Kaggle」挑戦でプログラミングの「世界との差」を体感しメンタリティを鍛える
データサイエンスの国際コンペティションサイト「Kaggle」は、株価や企業データの分析など、具体的な課題(練習問題)を投稿すると「世界第○○位」の順位がつきます。世界チャンピオン(KaggleMaster)のプログラムも公開されているので、学生自身の作ったものとの比較ができ、「自分の作ったプログラムがKaggle M asterのものとそれほど違わない」ことに気が付きます。プログラミングにおける今の実力を知る実体験にもなり、学生のうちからチャレンジすることで、世界で戦えるメンタリティを養うこともできるでしょう。
データサイエンスのトップ人材を育成する
データアントレプレナーフェローシップ(DEFP)
DEFPは国のデータ人材育成事業として、文部科学省の助成を受けています。電通大のほか4校(早稲田大、大阪大、東京医科歯科大、北海道大)が採択されました。電通大はデータサイエンスの素養のある教員が多いという特色を活かした、データサイエンティストの養成プログラムです。1学年40名で、現在は電通大と他大学の院生と参画企業の社員がほぼ半数ずつ受講しています。前半は導入となる基礎科目をeラーニングで実施、後半は対面講義でpythonによるデータ分析、不動産や金融などのデータ分析のほか、応用教育として「日本人Kaggle M aster、Grand MasterによるKaggleに学ぶデータ分析」では、教科書だけでは学べないデータ分析のノウハウを教わります。さらにグループワークとして、参画企業の実データを素材としたデータ分析演習を行います。データサイエンティスト協会の協力により、受講生4~5名に企業で活躍するデータサイエンティスト1名が加わり、課題を解き明かします。企業現場を知る、またとない演習です。
DEFPの目的のひとつは、「デザイン思考」を身に付けることにあり、アイデア出しの方法論はスタンフォード大学で構築されたものをベースにしています。他大学と比較してもワークショップなどのPBL(課題解決型学習)も多く、評判も良いようです。
データサイエンスの社会的浸透をめざして高校教員、社会人教育にも注力
「情報Ⅰ」が2025年度から大学入学共通テストの出題科目となり、高校の先生方でもよくわからない、教える教員が少ない、という声を耳にします。電通大では高大連携の一環として、出張講義(いわゆる出前授業)を実施しています。
また、企業ではデータサイエンス人材のニーズが依然高く、リカレント教育としてデータサイエンスを学ぶプログラムを立ち上げ、2022年から募集する予定です(2021年は試験導入中)。DEFPで培ったノウハウを活かし、学部卒の社会人を対象とします。
IBMが「Watson」というビジネス向けのAIを開発し、米国ではクイズ番組に出場して優勝するレベルまでになりました。現在は大企業などに導入され始めたようですが、将来的にはWatsonのようなAIが実社会に広く浸透してほしいと考えています。今はほとんどの人がインターネットを利用し、エクセルやワードなどのソフトを使うようになりましたが、たとえば個人の商店主や旅館の女将などが同じようにWatsonを使って経営データを分析することが、本当の意味での「Society5.0」の姿なのです。AIが進化して分析に使いこなせるようになり、全員がプログラミングを行わなくても良い時代です。正解のあるものはAIが肩代わりしますが、正解のない問題こそ、人々がアイデアを出して解決しなければなりません。
偏差値よりも学習習慣を身に付けよう
大学入学共通テストのスコアを獲得するには、高校での日頃の勉強をしっかり行いましょう。偏差値よりも学習習慣の方が大切で、身に付いている人が伸びるからです。充実した大学生活のためにも、興味のある事柄を深堀り・研究できるよう、高校生のうちから是非探し始めてください。