建築学系大学特集学部長インタビュー
建築は「工学」なのか?日本初の“建築学部”設立から10年 建築12分野の広がる可能性とは
~工学院大学~
大学Times Vol.42(2021年10月発行)
建築学系大学特集
- イベントレポート 建築学部10周年記念サミット
- 学部長インタビュー 工学院大学
- 教授インタビュー 武蔵野美術大学
- 学生インタビュー 東京藝術大学大学院
工学院大学は1887年開校の土木、機械、電工など技術者養成校「工手学校」を源流に持つ。1955年に工学部建築学科を設立したが、その後の急激な社会の変化とともに、「建築学本来の学問は工学なのか」という、建築教育者の抱える長年の問いが顕著になった。工学院大学では次世代を見据えた課題解決に向け、2011年日本初の「建築学部」を設立、以来10年にわたり大学における新たな建築教育を牽引している。筧淳夫学部長に話を伺った。
工学院大学 建築学部 学部長
教授 筧 淳夫(かけひ あつお)
病院や高齢者施設を対象として、患者、高齢者などの施設を利用する人たちや、医師、看護師、介護士などの働いている人たちにとって、快適性や安全性を保ちながら使いやすい建物を建てるための空間づくりについて研究を実施しています。また空間の面積、部屋の配置などが患者さんの治療に及ぼす影響を調べることにより、治療装置として捉えたときの空間のしつらえ方についても研究を行っています。施設の利用者と勤務者の両面から考えた施設のあり方を考える研究です。
主な研究テーマ:医療・福祉施設の安全性に関する研究、施設環境と治療効果に関する研究 ヘルスケア施設のマネジメントに関する研究
建築は工学の一部なのか?建築学科が長年抱えていた悩み
「建築」の中には建築デザインをはじめ、建築経済、建築史、保存再生など、本来「工学」ではない学問分野が数多くあります。ところが明治時代、日本に「建築学」が入ってきた時に、建築学は工学の中に入れられてしまいました。日本の大学で建築を学ぶ学科の多くが、工学部にある理由の一つです。確かに工事現場は工学ですが、たとえば東京駅の駅舎再生を行う際、本学の前身「工手学校」設立者の一人、辰野金吾先生が当時どのようなデザインを作っていたのかを研究するのは工学ではありません。私の専門は医療施設の計画(プロフィール別掲)ですが、新しい病院を建てるとき「医療安全から考えた建築」は工学ではないんですね。このように「工学じゃない」建築の学問分野がたくさんあるのです。
「工学=理系だから建築=理系」ではない
学部独立で文系学生へ学びの開放をめざす
建築物の構造計算や設備計算を行うには物理が必要ですが、実際に使うのは基本的な力学くらいです。建築と聞いて多くの人が思い浮かぶ「建築デザイン」であれば、本来は文系でも問題ないのですが、日本の大学の多くが工学部に建築学科を置いているために、文系の学生が入学して来ないのです。たとえば研究者と実務家のように、専門分野によって各々の文化が違うため、「建築」を独立した分野として学部を作りたい、という思いは日本の建築教育を行っている多くの人が願っていたことでした。これまでも建築を「環境」や「情報」と一緒にするなどの工夫を重ね、建築学科を文系学部に設置する試みも一部の大学では行われていました。
本学では「建築は独立した学問領域である」という理念のもと工学部から独立し、2011年に近畿大学と同時期に日本初の建築学部を開設しました。建築とは「サイエンス(科学)」と「フィロソフィー(哲学)」の両方を持つ学問であり、他国はむしろデザイン教育などのフィロソフィーに重きを置いていることが珍しくありません。日本に建築学が入ってきた時からの出自を、100年以上かけて元に戻したのです。
建築とは本来、幅広いものであり、構造など物理的な学問を必要としない分野もあるのです。現在は構造計算もアプリケーションを使って行いますので、その理屈さえ理解していれば充分という考え方です。
建築学部3学科12分野を実現した
1学年約350名 教員37名のメリット
この10年は走りながら試行錯誤を重ね、5年前にカリキュラムの再編を行いました。現在は3年次から「まちづくり学科」「建築学科」「建築デザイン学科」にそれぞれ4つの分野を選択する計12分野を設置しています(別図参照)。教員は複数の分野をまたがることもあり、私は建築デザイン学科で「建築計画」と「共生デザイン」(旧:福祉住環境デザイン)分野をカバーしています。
また、建築学部の卒論にあたる「卒業設計」という名称を廃止し、現在は「卒業研究」として学生は「卒業論文」と「卒業制作」を選択するようにしました。これは12分野の中に、建築設計を行わない学生もいるからです。建築の幅は広く、インテリアデザインや家具デザインなど、設計を行わないプロダクトもあります。いろいろな志向の学生が、自由に表現できる体制を整えています。
現在は1学年の学生が約350名いるので、3学科12分野作ることができました。教員も37名おり、各自が異なる研究を行っているので、建築分野37研究の中から学生の異なる興味関心に対応できるというのが本学部最大のメリットではないでしょうか。
大学院進学者は毎年60~70名、学年全体の17%程度です。1学年の人数が他大学より多いので割合では少なく見えますが、相当数の学生が進学しています。海外では6年かけて建築教育を行っている場合もあり、特に大きな組織の設計職をめざすには、修士修了生の方が有利といわれています。
学生の多様性を求め 入試に国語を導入
入学後は“理系のハードル”に対し学習支援も
本学でも入試方式が多様化しており、国語で受験できる入試もあります。高校時代に数Ⅲや物理を学んでいない学生に対しては、本学入学後「学習支援センター」で基礎教育として集団・個別での学習サポートを行っています。文系学生が建築学部に入学すると、最初は物理などでつまずくこともありますが、本学の制度を利用することで後に設計で活躍する学生も少なくありません。文系学生の存在は、他の学生の刺激となっています。入学者の約4割が女子学生ですが、卒業制作での優秀作品の上位を女子が独占することもあるのです。
建築に興味があれば大学入学後に
時間をかけて専門分野を決められる
高校生のうちに自分の進路を明確に決めているということはほとんどなく、イメージだけで学びの整理ができていなかったり、自分の興味もよくわからないものなのです。そこで本学部では、入学後に建築の中から自分の専門分野を考えて決めていく制度として、入試時は3学科のほか「総合」という学科選択を行わない入口を用意しています。1、2年生は全員が同じ教育を受け、3年進学時に最終確定を行います。転科も可能ですが、定員オーバーのときは志望学生の成績順で決定します。
街を歩いて空間を五感で感じる
“雑学”は建物を作る上での土台に
建築を志すには「雑学」がたくさんあることが大切です。雑学は経験から生まれます。高校生のうちはまだ知識や経験も少ないので、コロナ禍が収束したらインターネットではなく実際に街を歩くことを心がけて、なんでもいいから建物を幅広く見て「知る」こと。好きなアイドルのライブを観に行ったら、会場の建物やステージのしつらえにも関心を持ってみる。そうすることで少しずつ人間に厚みが生まれ、建築では、それがいろいろなものを決めていくときの判断材料になるのです。
「建物を作る」だけの時代は終焉
今までの常識を打破できる建築人材を
日本は人口減少に転じており、家を建てる人は今後も増えることはないでしょう。大量建築の時代は終わっています。これから建築界を支える人材を育むには、今までの常識を打ち破る人が学びに来て、化学反応を起こしてもらいたいと考えています。雑学の重要性も、文系学生を歓迎するのも、その一環です。今までにない豊かな発想を持った高校生に、是非とも建築を学びに来てほしいと思います。