スポーツ科学特集スペシャルインタビュー
人体の基となる「アミノ酸」研究からトップアスリートの食・栄養サポートへ 
~味の素株式会社~

大学Times Vol.45(2022年7月発行)

【スポーツ科学特集】スペシャルインタビュー 味の素株式会社

1909年、アミノ酸のひとつ「グルタミン酸」を原料とした世界初のうま味調味料「味の素」の開発・販売より創業した日本を代表する食品メーカー。スポーツ分野へは1995年の「アミノバイタル」発売から本格的な取り組み開始。2003年日本初のネーミングライツ(公共施設名に企業名を掲げる広告。命名権)施設として東京スタジアムが「味の素スタジアム」に。同年JOC(日本オリンピック委員会)とパートナー契約を結び、食と栄養サポートを開始。2009年「味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)」のネーミングライツを取得、2017年より同施設内の管理栄養食堂「勝ち飯食堂」。食・栄養サポートを通じて得た知見を、生活者の栄養課題解決に活かしている。世界36カ国・地域に事業展開、120の現地工場、130以上の国と地域に製品展開(2021年3月現在)。

トップアスリートが世界で勝つために栄養と向き合う「勝ち飯」とは

味の素(株)はうま味成分に含まれるアミノ酸研究から“おいしく食べて健康づくり”を創業の志に、現在は日本のトップアスリートの食と栄養サポートを精力的に行う企業としても広く知られている。これまでのトップアスリートの栄養支援について、グローバルコミュニケーション部スポーツ栄養推進グループ長の篠田幸彦氏は次のように述べている。

「2003年JOCのパートナー企業となり「ビクトリープロジェクト」をスタートしました。日本のトップアスリートの国際競技力向上のために作られた「ナショナルトレーニングセンター」(NTC)では2009年からネーミングライツを取得しています。当社のパラアスリートへのサポートは2015年より開始していますが、東京2020大会決定後の2019年には、オリンピック・パラリンピック共用施設である「NTC・イースト棟」も完成し、そちらの権利も取得しました。NTC内の食堂は「勝ち飯食堂」と呼ばれています。これにより、「何のために食べるのか」という「勝ち飯」のコンセプトを常にアスリートに意識付け、日々、栄養と向き合える体制を作っています。JOC、JPC(日本パラリンピック委員会)のほか、水泳、バドミントンなど8つの各競技団体、一部個人選手の栄養サポートも行っています。大会の試合本番から遡り、いつ、何を食べるかという、アミノ酸を活用した“栄養戦略”を選手と一緒に考え、取り組んでいます。オリンピック本番では選手村近隣に栄養戦略に基づいた食事や試合後のリカバリーのための補食を提供する拠点「Gロードステーション」を設け、選手からは「役に立った」という感謝の声も頂いております。さらにロンドン2012、リオ2016オリンピック日本代表選手団向けに開発した「アミノバイタル」のスペシャル製品の技術は、その後に一般発売された製品に実装されました。トップアスリートの栄養の知見とノウハウを、生活者の栄養課題の解決に活かしています」

味の素による「勝ち飯」プロジェクトは生活者へも拡大。量販店での店頭活動(リーフレット配布などフェア6万店開催)、ファミリーレストランと連携メニュー提供、東京2020大会前は都と連携し小中学生向けの「勝ち飯」出前授業の実施、地方自治体40カ所と連携し地域毎の健康課題と向き合うエリア「勝ち飯」開発など認知度を上げ、事業展開に繋げている。

スポーツ栄養を実践する管理栄養士の活躍

「ビクトリープロジェクト」の管理栄養士・鈴木晴香氏はオリンピック日本代表選手の事前合宿に帯同し、食事の提供をはじめとした栄養サポートを行った経験を持つ。

「小学校から競泳を経験し、高校のときに保健体育の課題でパフォーマンスを向上のための栄養について調べて自ら試したところ、それまで停滞していた自分の記録が伸びたことがきっかけでスポーツ栄養に興味を持ち、管理栄養士受験資格を取得できる大学へ進学しました。大学ではスポーツ栄養を学ぶ機会がほとんどなく、大学院へ進んでその研究に取り組みました。大学院の先生からの勧めもあり「スポーツ選手のサポートを行っている」当社に入社しました。管理栄養士としてトップアスリートのサポートを行い、そこで得たデータや知見を会社に持ち帰り、研究や新たな製品開発に役立てています。トップ選手の頑張りをサポートできることにやりがいがあるのはもちろんですが、その経験を基に、製品・情報づくりを通じて、より多くの人々の健康に貢献できることにも、大きなやりがいを感じています」

トップ選手でも栄養に無頓着
真剣に向き合えばさらに記録が伸びる

ここ10年ほど、日本代表選手があらゆる競技で活躍が目覚ましい。スポーツ栄養の観点から何か変化はあったのだろうか。

「2013年にスポーツ栄養学会が発足し、スポーツ栄養領域の研究やサポートが活発になりました。アスリートも栄養を考えてチーム単位で取り入れようとしています。競技力向上という点では、NTCがひとつの要素になっていることは間違いありません。国を含めたトータルサポートの中核的拠点として、トップアスリートの練習環境が整ったことも大きいと思います。トップの選手の多くは栄養に関心がなくても上にいく力を持っていますが、年齢と共に疲労の抜け方や筋肉の衰えなど身体変化が起こり、何とかしたい!と初めて栄養と向き合うというケースが多いです」(鈴木氏)

「「勝ち飯」勉強会の席で、当社がサポートを行っていた元トップアスリートが「日本のトップ選手はとても真面目で練習熱心。それでも成績が伸びず、これ以上何ができるのか?と苦しむ時こそ、食と栄養に向き合うと記録が格段に上がる」と自身の経験を基に語っています」(篠田氏)

うま味の発見者・池田菊苗は、19世紀末のドイツ留学でその体格差を目の当たりにし、日本人の食と栄養改善のためのアミノ酸研究に没頭したという。百数十年を経て、欧米人と肩を並べる運動能力をもつまでになった今日、味の素をはじめとした食品メーカーの研究開発と普及活動がシナジーを生み、スポーツ科学を牽引している。