スポーツ科学特集スペシャルインタビュー
目標と現実の差を数字で示しデータを使って対話する選手成長の味方「スポーツアナリスト」
~一般社団法人日本スポーツアナリスト協会(JSAA)~
大学Times Vol.45(2022年7月発行)
スポーツ科学特集
- 総合学問・スポーツ科学の“いま”と“未来”
- スペシャルインタビュー 味の素株式会社
- スペシャルインタビュー 一般社団法人日本スポーツツーリズム推進機構(JSTA)
- スペシャルインタビュー 一般社団法人日本スポーツアナリスト協会(JSAA)
- スペシャルインタビュー 一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会(JSMC)
- 教授インタビュー 早稲田大学
- 教授インタビュー 東洋大学
- 教授インタビュー 女子栄養大学
2014年設立。競技の枠組みを超えた“スポーツアナリスト”の連携強化及び促進する団体。“スポーツアナリスト”の有する職能を理解し、育むことで、アスリート支援環境を発展させ、スポーツの社会的価値向上に寄与していく。
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大学では情報技術を学び 部活動で実装
バレーボール女子代表を手伝うまでに
渡辺啓太代表理事は、日本初の「バレーボールナショナルチーム専属アナリスト」としても知られている。高校時代はバレーボール部。観戦したバレーの国際試合で相手国チームベンチの“戦力分析用ノートパソコン”が目に留まった。スコアシートや目標設定シートを独学で作成し、試合で活用した成果がデータアナリティクスの原点だという。卒業後は「ITをスポーツに活用したい」と専修大学ネットワーク情報学部へ進学、スポーツは部活動でと決めた。
「大学ではPCの組み立てが最初の授業でした。プログラミングやWeb制作など一通り学べたことが、仕事の幅を広げるのに役立ったと思います。2年生から情報戦略コースに進み、モデリングやシミュレーション、経営情報などビジネスに関する授業は、自分の中ですべてスポーツに置き換えました。「企業の利益」は「チームの勝利」といった感じです。大学のリーグ戦やVリーグチームとの練習試合でもベンチにノートPCを持ち込み、エクセル機能を工夫してデータ分析を行っていました。これがナショナルチームの目に留まり、女子代表チームのお手伝いをすることになったのです。2003年から柳本監督に代わり、翌年のアテネ五輪出場をめざして「海外チームのようにデータアナリストを取り入れたい」という要望から、分析チームが始動したときでした」
渡辺啓太代表理事(國學院大學人間開発学部准教授)
コーチ・選手の声を尊重しながら
一から作り上げたスポーツアナリスト像
2006年の大学卒業後、日本バレーボール協会「ナショナルチーム専属アナリスト」となった渡辺代表。“爪を立てて井戸を掘るような”スタートだったという。
「モノもなく人もいない状態で、機材やVTRの管理から、一緒に分析をする後進の育成も行いました。実務として、選手やコーチのニーズとアナリストのシーズをどうすり合わせていくか、コミュニケーションを心がけながら手探りで始めました。提案した資料などの反応をみながら、コーチや選手から「アナリストとしてどうあるべきか」を勉強させてもらった時代です」
初めは“粗さがし”と揶揄されるも
心遣いで選手の成長を助け信頼を築く
数字を使ってスポーツのパフォーマンスを評価するアナリストの仕事は、時にネガティブなデータを選手に提示する場面に立たされる。
「目標値に対して、数字を使って足りないものを提示し、ギャップを埋めていく作業になるため、一部の選手には“粗さがし”と受け止められました。そういう選手には、早出練習する様子から課題は何かと観察し、その技術に長けた海外選手のVTRを集めて差し入れたこともあります。こうして少しずつ信頼のパイプを太くしていきました。その上で、選手の成長を助けるための厳しい課題も提示できる「データを使った会話」ができる環境づくりを進めていきました」
国の支援で五輪種目にスポーツアナリスト配置
競技を超えた勉強会の場が協会設立へ
2012年ロンドン五輪の直前、メダル有望競技に対して必要な支援を行う国家プロジェクト「マルチサポート事業プロジェクト」が始動。対象競技のうち6~7割が分析系スタッフを要望し、データ分析のスペシャリストが多くの競技に配置された。
「いろいろな競技の専門家が増え、勉強会を始めました。意見や情報を共有できる他競技からは気付きを得る機会も多く、価値の高いコミュニティとなりましたが、スポーツアナリストは地位が高いとはいえず、職業としても不安定という声もありました。定常的に配置が進まないなど、競技は違っても同じような壁に当たることが多いと気付き、団体で課題解決をするべく2014年に「一般社団法人日本スポーツアナリスト協会」を設立しました。協会員としての縛りはありませんが、勉強会には20~30競技のアナリストが参加します。新しい技術の機材やソフトの導入など、産業界の協力を得られるようになりました」
スポーツ情報戦略を中高生にも活用し
「スポーツで課題解決のできる」人材育成を
情報戦略はトップ選手のもの、という考えが根強いと渡辺代表。中高生からデータ活用に慣れ親しむことが、これからの社会に必要と提唱する。
「ビッグデータやAIを活用すると、今よりも質の高い提案ができるようになりますが、受けとめる側の選手や指導者がそれを?み砕いて自分の力にできなければ、テクノロジーだけが先走りしてしまいます。そのためにも中高生のうちから試合後の振り返りやビデオを観て改善点を整理する習慣を持つことで、競技力向上の手段を自ら考えて行動できるようになると考えます。
スポーツは勝ち負けなど不確実性が高く、現代社会と親和性があるので、スポーツアナリティクスを中高生の教材として活用し「スポーツで考える力」を強化してほしい。さらにデータの飲み込み方を早いうちから身に付けることで、将来トップアスリートとなった時の成長度合はさらに大きくなるはずです。スポーツ科学が幅広い世代に役立つ“文化”を作っていきたいです。そして先生方も、これからは指導を通じて「なぜ必要か」の明確な説明が求められます。データや測定結果から理論的に体系立てるなど、スポーツ科学の知識を教育現場でぜひ活用してください」