【スポーツ科学特集】教授インタビュー 早稲田大学|大学Times

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大学Times Vol.45(2022年7月発行)

【スポーツ科学特集】教授インタビュー 早稲田大学

早大スポーツの歴史は古く、プロ野球発足前の1902年に早慶戦が始まり、1928年日本人初の五輪金メダリストを輩出。以来、一世紀以上にわたり日本の競技スポーツ界にその存在感を示し続けてきた。さらにスポーツ科学は1964年の教育学部体育学専修を源流に、1987年人間科学部スポーツ科学科、2003年スポーツ科学部となり、今日まで大学におけるスポーツ科学分野の研究・教育をリードしている。
中でも今、注目される「スポーツ疫学」とは何か、澤田亨教授に話を伺った。

早稲田大学 スポーツ科学部教授 澤田 亨(さわだ すすむ)
早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ疫学研究室
「疫学」は「疫学的研究手法」を駆使し、ヒト集団の問題や課題を改善するための科学的根拠を提供する学問であり、「スポーツ疫学」はスポーツに関する「ジョギングは高血圧を予防するか」「体育は人間性向上に役立つか」などといった疑問を扱います。様々な問いに質の高い答え(エビデンス)を出すことで、メカニズム解明を目指しているスポーツ科学者に、メカニズム解明のヒントになりうる研究結果を提供することも目指しています。

スポーツ科学の専門性を高める6つのコース

スポーツをキーワードとして社会、文化、歴史、生命、自然に関わる広い教養を身に付け、市民生活を豊かにするための社会的ニーズに的確に対応できる人材を育成しています。ビッグビジネスに成長するスポーツ科学をより発展させ、世界最高水準のスポーツ教育研究拠点として国際的に貢献することをめざしています。学際的分野として幅広い学問を扱う学部です。

各分野を学びやすくするために、現在は複数の学科を置かず2年次春学期から6つの専門コース(別図参照)に分かれ、専門性を高めながら多面的に学べるのが本学部の特徴です。例年、入学者の半数はスポーツビジネスコースを希望しますが、入学後にスポーツ科学の違う側面に興味を持つ学生も珍しくなく、柔軟に学ぶ体制を整えています。スポーツを通じて日本をリードする人材を育成しています。

スポーツ疫学とはメカニズム不問のデータサイエンス

スポーツ疫学とは「スポーツが人々の健康や幸福に貢献しているのかどうか」を比較の手法(疫学的研究手法)でデータを分析する、応用医学のひとつです。日本ではまだ論文も少ないのですが、本学留学生の認知度は高く、スポーツと健康、アスリートの能力向上に関することもスポーツ疫学で解析することが可能なので、広く認知してもらえるよう活動しています。近年注目されているデータサイエンスの一手法です。

疫学は元々、イギリスのコレラ感染症予防対策から生まれた学問であり、データ解析(多変量解析)を使ってその因果関係を探ります。たとえば「飲酒する人としない人では新型コロナウイルスに感染しやすいのはどちらか」といった比較の手法を用いますが、その際、「メカニズムまで追求しない」のが疫学の大きな特徴です。これは薬の効能について、期待する効果が得られて安全であれば新薬として承認されるのと同じです。長年使用されている医薬品の中には、効能のメカニズムが最近になって判明したものもあります。研究者は疫学で得られたデータを、論文にいち早く仕上げて発表することで、迅速に注意喚起が行えるというメリットがあるのです。

これをスポーツに応用したのがスポーツ疫学です。私の研究室では、次のような疑問に答えを出そうと、いろいろな調査を実施してデータ解析を行っています。

●スポーツをすればがんや糖尿病、高血圧などを予防できるか?
●活動的な生活を送る高齢者は健康長寿だろうか?
●1964年東京オリンピックに参加した選手は健康だろうか?
●アスリートはどのくらい人々に元気や勇気を与えているか?

現在、学生が卒業研究として進めている中には「体重の減量を伴う競技種目は風邪をひきやすいか」「コンタクトがあり痛みを伴うスポーツは風邪をひきやすいか」といったユニークなテーマもあり、自らの競技経験を通じて仮説を立て、データ解析を行っています。

「スポーツを観る人も健康で幸せになるのか」を
スポーツ疫学で科学的に示す

本学部は西東京市東伏見と埼玉県所沢市にキャンパスがありますが、所沢市等と協力して埼玉西武ライオンズの本拠地(現:ベルーナドーム)で野球の試合観戦をする人としない人をグループに分けて疫学的手法で調べたところ、野球観戦したグループの認知機能が高まり、抑うつ症状が改善されたことが解りました。スポーツはする人だけでなく、観る人にも健康や幸せをもたらしているという科学的証拠(エビデンス)です。米大リーグの大谷翔平選手の活躍は、おそらく多くの人々を幸せにしていますが、スポーツ疫学ではそれを「科学的に示す」ことが大切だと考えています。

「アスリートの活躍に元気をもらった」の
エビデンスを次の研究者へ橋渡しする役割

スポーツ疫学を用いれば「スポーツにはさまざまな価値がある」ことが解ります。「するスポーツ」「観るスポーツ」「(ボランティアなど)支えるスポーツ」それぞれの価値を定量的に確認していくことがスポーツ科学の役割だと考えます。私たちの調査で「アスリートの活躍に元気をもらった」と回答した人が7割を数えたデータ解析は、スポーツの価値を高めるエビデンスとなるのです。身近な疑問を多くの人に質問して、質問に対する「はい」「いいえ」を分類することで結果を出し、次の研究(メカニズムなど)を行う研究者に橋渡しするのがスポーツ疫学の役割なのです。

スポーツ疫学を大学で学ぶには

スポーツ疫学はデータサイエンスです。本学部では1年生は「基礎統計学」を春に、健康との関係が深い「公衆衛生学」を秋に学びます。他は「スポーツ原論(健康スポーツ疫学)」、さらに2年生秋学期からゼミに入り、「演習Ⅰ~Ⅳ」、「卒業研究」と進みます。私のゼミ学生は、スポーツが好きでスポーツを通じて社会貢献をしたい学生が多いようです。公衆衛生(パブリックヘルス:公衆の健康、幸せ)マインドを教育の中心に置き、人々の健康と幸せに貢献するという心意気を育みます。

脳や感覚器にも影響をもたらすスポーツ疫学の可能性

「ブレイン・ヘルス」という分野があり、寝たきりで身体が動かなくても、スポーツを観ることで脳に健康を送り届けることができるという研究です。スポーツの価値として、スポーツが脳に対して認知機能、抑うつ、幸福感、抗ストレスなどの効果をもたらすかどうかを調査しています。また身体の健康という点では、スポーツクラブが人々の健康や医療費にどう影響を及ぼすか、国からの委託事業として身体活動のガイドラインの素案づくりや、感覚器(緑内障や聴力障害など)と体力との関係をまとめています。高齢になると耳が聞こえづらくなり、認知機能が低下しますが、持久力のない人に起こりやすいという報告が集まり始めています。先を見越した研究と足場を固める研究を同時進行で行っています。

スポーツ科学が発展するために高校の先生方に期待すること

日本では「科学的根拠」に基づいた政策立案が始まったのもつい最近のことです。比較研究を行う「疫学」は、現在の高校カリキュラムにはありません。しかしビッグデータ解析などのデータサイエンスは疫学的手法を用いるので是非着目していただき、そこからスポーツ疫学としての知識が広がっていくことを期待しています。