看護・医療系特集学部長インタビュー
来るべき未来の医療を予期した心ある医療者を育成する教育プログラム~東京工科大学~
大学Times Vol.49(2023年7月発行)

看護・医療系特集
- スペシャルインタビュー 東京都看護協会
- 卒業生インタビュー 昭和大学
- 学部長インタビュー 東京工科大学
時代の要請に応え、6学部と大学院、研究所における充実した研究・教育を通じ、社会で活躍する人材を多数輩出してきた東京工科大学。2021年4月には医療保健学部に言語聴覚学専攻、理学療法学専攻、作業療法学専攻を擁するリハビリテーション学科を設置し、看護学科、臨床工学科、臨床検査学科と合わせた4学科3専攻体制に進化した。1986年の開学以来、教育の柱として掲げている「実学主義」にもとづいた、同学独自の「戦略的教育プログラム」などについて医療保健学部・学部長の中山孝教授にお話を伺った。

東京工科大学 医療保健学部 学部長 教授
学術博士 理学療法士
中山 孝(なかやま たかし)
1994年 国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院 理学療法学科 教員
2005年 日本工学院専門学校 医療学部理学療法学科 教育職員
2005年 新潟医療福祉大学 医療学部理学療法学科 非常勤講師
2010年 東京工科大学 医療保健学部 学部長補佐
2010年 東京工科大学 医療保健学部理学療法学科 学科長
2010年 東京工科大学 医療保健学部 理学療法学科 教授
2015年 University of South Australia 客員教授
2019年 首都大学東京大学院非常勤講師
2023年より現職
指定規則以外のプラスアルファ
医療系学部には国家試験受験資格を得るための国から定められた指定規則というものが設けられています。
その指定規則は医療現場で働くために必要な最低限の規準であり、そこは遵守されなくてはなりませんが、医療の仕事は臨床の疑問や研究課題を自分でみつけて、それに対してどう解決していけば良いかを考える「リサーチクエスチョン」を創出するという基礎的な能力が必要とされます。本学ではその能力を養うためには指定規則以外のプラスアルファが重要と考えており、4カ年計画の「戦略的教育プログラム」と位置づけて将来、医療機関で活躍する学生たちの“生涯学習”をテーマに本質へ迫る実践的な教育を展開しています。
仮想空間の中で医療機器の操作を学ぶ
戦略的教育プログラムの一環として7年前から取り組んでいる、3学科連携の「医療XR(ARVR)システム」は、臨床工学のモニタリングや医療機器の操作を仮想空間の中で学習できるプロジェクトです。現在ではかなり充実した内容になっており、システムのオンライン化も視野に入ってきています。恐らくこの研究は日本で唯一ではないかと自負しています。今年6月1日に設置された現実空間をデジタル空間で再現する研究施設「デジタルツインセンター」との連携も進めば、今後の展開に拍車をかけることになりそうです。
教員同士の研究も盛んで、作業療法学専攻の石橋仁美准教授は、患者さんがメイクをすることでQOL(生活の質)を向上させる「化粧療法」というセラピーを他大学やメーカーと産学連携で研究を続けられています。さらに同専攻の澤田辰徳教授は本学の工学系の教員と共同で、自動車運転に関する作業療法の研究を進めるなど、他学部連携の研究がいくつも立ち上がっています。

科研費取得率の高さとその効果
学部生による学会発表や論文を2016年あたりから数えてみると学部全体で100編以上ありました。学会発表が約80編、そのうち最優秀賞を受賞したものが3,4編ほどあります。学部生たちがこのような成果を出している理由のひとつとして、若手の先生方の科研費(研究助成金)の取得率が非常に高いことがあげられます。そのため、学生たちも必然的にその先生の研究を学びながら卒研のテーマを探っていきますから、学生たちが優秀な論文を書くと、その成果として学会への発表を促すという波及効果があります。通常4年生からはじめる卒研ですが、早い学科では3年生からはじめています。研究テーマを自分たちでみつけて仮説を立て、研究計画をつくり仕上げていくのですが、中には英語論文投稿もあるのに国試の勉強と並行するなど、みんな本当に良くやっているなと感心せざるを得ないです。学生が研究にこれだけ没頭できる理由のひとつとして、蒲田駅から近いという環境もあると思います。たとえば夜遅くまで研究活動をしても電車は走っていますから、気分的に余裕を持てるわけです。また、教員たちが夕方から開く学習会や講座にも学生たちは参加しやすいため、先生方がプロの仕事をしている後姿を見て、自分の将来と重ね合わせることができるというのもモチベーション高揚につながっているのではないでしょうか。
国内では希少なマニュアルセラピーを学べる
私が専門としているのは筋骨格系理学療法といわれているもので、海外ではマニュアルセラピーと呼ばれている領域です。マニュアルとは手を使ったという意味があり、日本語にすると徒手療法とも訳されます。あんま・マッサージとの類似点はありますが、科学的な根拠を加えた療法ということで、海外では標準的な理学療法であり、学問としても確立しています。医療先進国であればあるほどこの領域の研究は盛んです。
日本の一般的な運動器理学療法は徒手療法が主体とはなっています。循環器、呼吸器、あるいは神経系を含め、リハビリは諸外国と比較するとその事情は異なります。
かつて東京都清瀬市にあった私の母校、国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院にマニュアルセラピーが導入されたのは1960年代です。同学院は日本初の理学・作業療法士の養成校で、そこの呼吸器理学療法専門の先生方がこの療法を外国人講師から学び、手をつかった呼吸の介助、痰の排出、術後の痛みのない呼吸療法などを教えたのが日本での理学療法の先がけと捉えています。その後、神経系のリハビリや医療機器の進歩にともない、痛みや筋骨格系疾患に対する治療は日本では注目されなくなってしまいました。
現在でも医療関係者を対象としたマニュアルセラピーの講習会などは開かれてはいますが、なかなか広まっていないのが現実です。この技術は医療現場での教育に任せられており、養成機関での指定規則には入っていません。私はかねてより教員を続けていく以上は、マニュアルセラピーをカリキュラムに組み入れたいとの強い思いがありました。それが本学に医療保健学部が設置されたことにより実現されたという経緯があります。

選択肢を広げる多彩な実習先
本学に医学部はなく附属病院も併設されていないので、臨地・臨床実習は学外で行います。実習施設は特定機能病院、地域医療支援病院、老健施設、保健所、訪問リハビリテーション、クリニックなど非常に幅広く、コンタクトしている医療機関はバックアップを含めるとのべ800施設に上ります。数多くの実習施設が揃っているということは、学生一人ひとりの個性や特徴に対応できる選択肢があるだけでなく、多様な現場を知るメリットがあることを意味します。加えて、必然的に幅広いネットワークが形成されますので、そこで学んだ卒業生が自分たちの後輩を育てる縦の連携も生まれます。このように附属病院がないことは、強味でもあるのです。

人を癒せる医療従事者へ
科学的に裏付けされた技術も非常に重要ですが、心情や哲学、倫理面を内包した“医療的アート”の素養がないと人を癒すことはできないのです。“サイエンスとアート”。このふたつの柱をたずさえて、世の中に貢献できる医療従事者に巣立ってほしいと願っています。
生きる力を与える職業ですので、人材のポテンシェルも高くないといけない。本学は、その力を発揮できる教育環境を整えています。