グローバル系大学特集副学長インタビュー
多文化共生・多言語化が加速 これからは相互対話・相互理解を深める教養教育が重要に~東京外国語大学~
大学Times Vol.50(2023年10月発行)
グローバル系大学特集
地球市民の理想として掲げられた「多文化共生社会」が現実となった今日、英語以外の言語理解が実社会でも重要になっている。大学で多言語や歴史を学ぶ意義とは何か。さらに発展著しい自動翻訳や生成AIと今後どのように向き合えば良いのだろうか。日本を含む世界100以上の地域研究および言語教育の集結地・東京外国語大学の篠原琢副学長に話を伺った。
東京外国語大学 副学長(教育等担当)/教授
篠原 琢(しのはら たく)
博士(歴史学・チェコ史)
研究分野:ヨーロッパ史、アメリカ史
グローバル化で少数言語の存在感が増し“言語ツール英語”に変化が起きている
この20年あまりで世界的に国際化が進み、今やグローバル=英語ではなく、多言語化も加速しています。EUでは、話者200万人程度の言語も公用語として通用しています。その話者が「共通言語」として英語を使うことで、今、英語にはさまざまな言語の持つ発想が入ってきています。同じ英語を話していても、それを話す人それぞれの地域や社会のバックグラウンドを知らなければ、彼らの規範を理解するのは難しいのです。将来的に世界の覇権を握る国が変わったとしても、英語にとって代わる言語はないと思いますが、英語をグローバル言語として画一化できないことや、英語自体も変化していることをまずは理解しなければなりません。
言語とはその地域の文化
相互理解で「外から見る自国像」を構築する
今は「多文化共生」が現実となっているので、マイナーな文化同士が直接出会うことも珍しくありません。一方に偏ることなく、文化が混ざり合う中で一つの規範を作っていくのが真のグローバル社会であり、そのために不可欠な幅広い教養を本学の学生には持ってほしいと願っています。
言語とはその地域の文化でもあるため、たとえグローバル化が進んでも話者が少数の言語が簡単に淘汰されてしまうわけではありません。本学では日本語と英語に加え、他の言語を理解する柱を増やしてさまざまな発想を持ち、複雑化するグローバル課題への対応力を身に付けます。本学の国際日本学部では、日本という領域をさまざまな言語のバックグラウンドを持つ学生・教員が共に学ぶ環境にあります。学生は英語を共通語として、日本に関する研究を英語で学び、発表するのです。これまでの日本に関する研究は日本語で研究し、日本語で発表するのが一般的でしたが、日本以外のさまざまなバックグラウンドを持つ学生達と共に日本を考えることで、学生は新しい視点を獲得します。グローバル秩序の中で、相互対話から歴史像の発想を変え、新たに“外から見る自国像”を作り上げていくのです。
多言語で世の中の動きを把握し世界を理解する重要性
昨今のウクライナ情勢について、報道の多くは英語メディアを経由していますが、その情報も実は断片的であり、鵜呑みにせず検討する必要があります。情報源を明らかにして、現地メディアが報じる情報(ロシア語、ウクライナ語、ポーランド語等)を読み、さらに周辺国(トルコなど)ではどのように報道されているかも精査します。加えて中国は?ブラジルは?どう反応しているかなど、インターネットからその動向を追うこともできるでしょう。世界情勢については、地域や経済グループによって紋切り型に捉えて間違った理解をしないためにも、英語だけでなく多言語を学び、より深く知ることがますます重要になっているのです。
自動翻訳は利用者側が言語の基礎教養を高めて便利に使う
本学では1・2年次の2年間で28ある言語のうち1つを専攻言語として、しっかり学びます。昨今は自動翻訳や生成AIなどの急激な発達が見られ、人間が外国語を学ぶ必要がなくなるといった意見も散見されます。しかし、幅広い教養がなければ、外国語でも母語でも相手の伝えたいことを理解し、解釈することはできません。これは自動翻訳にはできない領域だと思います。自動翻訳によって外国語を学ぶハードルが下がることで利便性が高まり、私たちの世界を広げる可能性はありますが、自動翻訳に依存することはできないと考えています。
今の自分を形成する文化を知る
言語と歴史の学びを重要視する理由
歴史の学びについて、多くの学生は事象の起源を知ることに価値を置いているようですが、その後の変化を知ることの方が大事であり、その点では歴史も言語も同じです。
ロシアがウクライナに侵攻したとき、プーチン大統領は1000年以上前ロシアとベラルーシ、ウクライナは一体だった起源を強調して、その後の変化を否定した歴史像を語りました。一本道ではなく複雑に変化しながら繋がれてきた文化を複合的に理解し、それによって言葉の表現が変化する変遷も解ります。また、各々が過去から今までの歴史を学んで思考し、未来を考察する軸を持つこともできるでしょう。
さらに自分の暮らしている場所、土地の記憶を辿ることも大切です。私の研究対象のチェコでは1989年に社会主義が崩壊しましたが、今のチェコの学生はその時代を知りません。しかし育った環境や学校などの制度は受け継がれているので、社会主義が今も自分たちの規範の中にあるのではないか、という“見えない恐怖”があるという人もいます。生まれる前からの文化を遡り、その変化から自分の今いる場所を考えることが重要で、私たちが歴史の流れに関心を持たなければ、多文化との対話も理解も成り立ちません。生成AIはインターネット上の情報を学習して新たなものを生み出しますが、ネット上にない時代の情報は学習しないので、歴史の流れを追うことはできません。
2025年度一般選抜から必須の「歴史総合」
高校生のうちに備えること
歴史とは、正解のない学問です。日本の高校生には、受験対策としてパッケージ化された正解を覚えるのではなく、自分にとって歴史とはどんな意味があるのか、どういうものなのかを考え、自分に納得のいく妥当と思う歴史像を考えて続けてもらいたいと思います。例えば「ジェンダー史」として考えるのもいいでしょう。あらゆる課題と向き合い、歴史を考えてもらいたいです。
基礎教養として数学を勉強し入学後の柔軟な学びに繋げてほしい
大学入学共通テストにおいて数学の選択が2科目になりましたが、これは教養や素養として高校で数Ⅱまで学んでほしいという本学のメッセージです。これからは自動翻訳や生成AI等と向き合わなければならず、仕組みなどの基礎的理解が求められるので、数学に拒否反応を示さないことが大切です。高校生から文系・理系の垣根を作り、自分の可能性を潰さないでほしい。大学は学生に「学びの種を蒔く」ところですので、大学の卒業は学びの完成ではありません。あらゆる学びは一生涯続きます。いろいろなことに興味を持ってしっかり学び、基礎教養を高め、将来は多文化共生社会に寄与したいという高校生を本学は歓迎します。