食物・栄養学系特集准教授インタビュー
世界的な酒蔵で真価を発揮する 二酸化炭素を再利用した画期的殺菌システム~日本獣医生命科学大学~

大学Times Vol.52(2024年4月発行)

【食物・栄養学系特集】学生インタビュー 日本獣医生命科学大学

食物・栄養学系特集

食品工学はおおよそ全ての食品に関わる学問といっても過言ではない。カップ麺や飲料、パンなどの大量生産を行う工場において、この学問の知識と技術は必要不可欠である。日本獣医生命科学大学の小林准教授は、フランスでも人気を博す日本酒メーカーの殺菌システム開発に尽力した人物である。そのシステムが実用化されるまでの道程を通して、食品科学の魅力について伺った。

日本獣医生命科学大学 応用生命科学部 食品科学科
食品工学教室 准教授
小林 史幸(こばやし ふみゆき)

博士(生物生産学)
専門分野:食品工学分野
担当科目:食品プロセス工学、食品工学実験、食べ物の科学入門

風味に変化をもたらす火落ち菌と酵素の働きを最先端科学の技術によって止める

日本酒の「獺祭(だっさい)」で世界的に知られる旭酒造(山口県)さんの酒蔵で、私共が研究を進める殺菌システム「二酸化炭素マイクロバブル(以下MB-CO2)」が、2016年12月より実用化されています。この研究のきっかけとなったのは、卒論で二酸化炭素を再利用した殺菌をテーマにしたことから始まります。その後、大学院に入ってマイクロバブル(微細気泡)の存在を知り、この二つを掛け合わせることで食品本来の風味を損なわない新たな殺菌方法が開発できるのではないかと考えつきました。もともと炭酸ガスに圧力をかけて送り込むと殺菌効果が得られるというのは、1951年に海外で発表され、1980年代には九州大学や東京大学でも研究が行われていました。

食品の殺菌は加熱が必要で、牛乳だったら低温殺菌でも63℃で30分、ふつうの飲料の殺菌であれば120℃程度で数分または135℃で数秒が一般的です。高温短時間か低温60℃くらいで加熱殺菌しますので、味の変化がどうしても起きてしまいます。この変化をいかにして抑えることができるかが、殺菌における課題となっています。

日本酒に関しては、火落ち菌と酵素が、保存中に風味の変化をもたらします。この二つの働きを止めるのが日本酒の場合は目的となります。通常、日本酒は65℃、180秒で殺菌するのですが、MB-CO2を使うと、同じ65℃でも殺菌時間は18分の1の10秒にまで短縮することが可能です。このことにより加熱殺菌で失われる風味を損なわず、生酒本来のフレッシュな味を保てるようになりました。ちなみに加熱殺菌するアルコール飲料は日本酒だけなんです。ビールはろ過しますし、ワインは亜硫酸塩を入れるので、加熱して微生物を制御するのは日本酒だけ。海外のアルコール飲料にはないものなのです。

先代社長の評価を得られるまで試行錯誤を繰り返した

旭酒造さんとの共同研究は、実用化の6年前から始まりました。私共の研究を知った旭酒造さんからお声がけいただきました。会社のある山口県から研究室に送られてきた生酒を、MB-CO2にかけて送り返し“神の舌”を持つといわれるほど味の違いが分かる先代社長さんに何度も評価してもらいながら実用化へとこぎつけました。

この実用化に関しては明治大学時代に亡くなった恩師から引き継いだということもあり、重責を感じながらの研究でした。MB-CO2を使った清酒は恩師の名前を取って「獺祭早田」として販売してくださっています。

食品工学では食品そのもの以外にもさまざまな研究や講義を行っている

私たちの食品工学教室では殺菌工学、物性、数値化ということを主に研究しており、私は殺菌、洗浄を取り巻く包括的な講義も行っています。例えばペットボトルにも色々な形の容器があります。それぞれに用途と特徴が備わっており、炭酸飲料だったら丸形で足が立つタイプ、お茶は四角いタイプ、水のペットボトルはすごく柔らかく、と。これだけペットボトルが普及した背景というのは、昔は缶や瓶の容器に入れたものを加熱して殺菌する以外は、法律として認められていなかったのですが、無菌充填が許可されたおかげでペットボトルが使えるようになったのです。食品は法律とも密接な関係にあります。こういったことも学生たちに教えています。

食品に関わる全ての産業について研究する食品科学の魅力

多くの食品は、原料が工場に持ち込まれ、製品化され流通します。これらを生産、加工、流通、販売等すべての産業を包括的に研究し、よりよい道を探ってゆくのが食品科学です。食品の栄養素が人体にどのような影響を及ぼすのかを、医療に近い観点で研究する要素も持ちつつ、包装材や加工/調理方法などさまざまな分野に関わることができます。ここが食品科学と栄養学との大きな違いです。食品科学では、「食」に関わるすべての産業への、包括的で幅広い視野が必要とされるのです。

早期ゼミという制度があるおかげで学生たちが、いち早く研究に没頭できる

本学のGPA基準を1年前期で満たした学生が、1年後期からゼミで学べる「食品大好きプロジェクト」は、本当に研究をしたい学生にとっては有意義な制度だと感じています。今、早期ゼミでは2名の1年生(取材時)が熱心に実験を行っています。こちらから出すテーマに取り組んでもらう形で、マイクロバブルと食品残渣(食品由来のゴミ)の再利用について研究中です。食品残渣の研究ではアスパラガスの茎を再利用したアスパラ茶の成分変化の分析を行っています。アスパラガスは出荷時の長さが25cmという決まりがあり、根元の下の方は硬くて食べられません。その捨ててしまう部分を有効利用するという研究です。

昨年修了した大学院生は、ショートニングやバターを使わずココナッツオイルでパンを作り、製パンの特性に与える影響の研究を行いました。ショートニングは熱帯地域の森林伐採に関連してくるため、SDGsの観点からココナッツオイルを使用し、形や硬さを測定機器で調べたり、パンの気泡を画像分析するなどして工場で生産する製パンと変わりない物が作れることを立証しました。

感覚で語られることを数値化してゆく
食品科学は人が生きるために必要な学問

例えばある食品を、ある人は美味しいと思っているけれど、他の人は美味しくないと思っている。それを100人に聞いた回答が半々であったり、どちらかに偏った結果が出たとします。それに由来するものをいかに数値に置き換えて、客観的な指標を作り可視化するかが、食品科学のやるべき一つの大きな仕事ではないかと感じています。伝統的に作られている食品ももちろんですけど、そこに新しい技術をいかに取り込んで新しい物を作るとかいう点も、食品科学が担っている重要な研究分野ではないかと思います。いろんなところにアンテナを張っておいて、これが研究に使えるのではないか、といったことを常に考えておかなくてはならない分野です。食品科学は人がより良く生きるために必要な学問だと考えています。