食物・栄養学系特集教授インタビュー
微生物が創り出す明るい未来
獣医大学で学ぶ食品科学の可能性を探る~日本獣医生命科学大学~
大学Times Vol.59(2026年4月発行)

人間の腸内は本人も知り得ない複雑な世界。そこでは何十兆の微生物が共存し、食物を餌にして、人に良いことも悪いことも行っているという。未知なる微生物も数多く存在し、SDGsが重要視される今日においてその研究は食品科学を超えて無限に広がり、エネルギーなど環境問題の解決に向けても期待されている。微生物が創る明るい未来について、日本獣医生命科学大学の大橋雄二教授に伺った。

日本獣医生命科学大学
応用生命科学部 食品科学科
学科長 大橋 雄二 教授
(食品衛生学教室)
食品成分と腸内細菌の関係を日々研究
菌が見える実験では食の安全も指導
私が指導する「食品衛生学教室」では微生物、特に食と健康に関わる腸内細菌を研究しています。「腸内フローラ」という言葉が世に知れ渡りつつありますが、腸の中には約1000種類の細菌からなる微生物がいて、いわゆる善玉菌や悪玉菌として消化吸収や代謝、免疫機能、栄養素の合成などにより、私たちの健康や安全に深く関わっています。大腸に届く食品成分には、オリゴ糖や水溶性食物繊維など良い腸内細菌を育てるものもありますが、逆に悪い腸内細菌を育ててしまう成分もあります。
私たちの教室では、その腸内細菌の生態や利用性を調べるといった基礎研究を行っています。データから得られた結果を本人の腸の健康増進に役立てたり、プロバイオティクスなどの機能性食品の開発につなげたいと思っています。また有用な面だけでなく、人体に有害な食中毒菌を研究してその働きを抑えるなど、食の安全に関する研究も行っています。
また、私は「衛生学」の授業も受け持っていて、菌と食の安全について教えています。口をつけたペットボトルや台所スポンジの衛生的使用の限界点、またTV取材を受けた「三秒ルール」の真偽など身近な話題を導入として、自分の手にどれだけの菌がいるのかが見える装置で実験を行うなど、学生には“微生物と食の安全性”についての理解を深めてもらっています。
基礎を大切にする研究が未来につながる
学内の木から採取した菌の発見や活用も
当教室での指導で心がけているのは、基礎を大事にすることです。腸内細菌の研究は、以前は菌を培養する技術が難しく、誰もが気軽にできるものではありませんでした。近年は最新機器を利用して遺伝子を解析する分子生物学の手法も使われるようになり、研究が広がった反面、それに伴う弊害も起こり、今は従来の培養法が見直されているのです。その培養技術をきちんと身に付けた研究者は貴重であり、当教室では学生が培養技術のような基礎研究を大切にして、将来に役立つ人材になれるよう、日々指導をしています。
また、現在は世界的なトレンドとして、さまざまな生物資源を有効活用しようとする「バイオリソース」という考え方があります。当教室ではこれに対応する形で、乳酸菌の収集に力を入れています。乳酸菌自体はどこでもありますが、市販されているものは権利関係があるのでもちろん勝手に使うわけにはいきません。そこでこれまでにない取り組みとして、大学の構内に植えられている桜や梅、果林などから乳酸菌を採取しています。この乳酸菌を利用して、食品科学科乳肉利用学教室(三浦孝之准教授)と協力して日獣オリジナルチーズを開発することも視野に入れています。この「日獣製オリジナル乳酸菌」の機能性を調べ、プロバイオティクスとして利用するなどの展開も考えています。

興味へのきっかけが多様化しても
「食や健康への探究心」が学びの原点に
本学には1年後期から早期ゼミで学べる「食品大好きプロジェクト」があり、1年前期の成績要件を満たした学生を当教室でも受け入れています。こうした学生たちの多くは、腸内環境の改善やそれを実現させるための微生物の働きなどに関心を抱いているようで、各教室には入学時からの知的好奇心を刺激する研究環境が整っています。当教室の学生は初めて触れる実験器具の取り扱いに少しずつ慣れながら、菌を培養して調べる実験に取り組んでいます。
私自身は大学時代に産業動物用の飼料研究からこの道に入りましたが、いまの学生たちが興味を持つきっかけは、メディアの影響が大きいですね。腸内環境や善玉菌・悪玉菌という言葉はテレビやネットでもすっかり一般的になりましたし、ノーベル賞受賞でも話題になった、細菌が擬人化されて体内で活躍する漫画やアニメを目にして、体内の不思議な働きに興味を抱いたという学生もいます。そうしたきっかけであっても、食品成分や安全性、健康といったワードに関心があれば、ぜひ私の「食品衛生学教室」で学んでもらいたいと思います。科学や理数の基礎、実験技術などは2年生後期の本ゼミ開始までに丁寧に指導し、学生自身が定めたテーマに私が方向性を示した後は、自らが主体となって4年生の卒論研究に取り組んでもらいます。

専門性を活かしたキャリアを選択
「食品」「食の安全」に関わる人材に
当教室はこれまで数多くの卒業生を送り出してきました。ここでの研究活動を活かして食品衛生監視員になりたい、検査機関や食品系企業の品質管理部門で働きたい、といった希望を持った学生もたくさんいましたが、彼らは実際に食品衛生監視員や財団の検査機関、民間の検査会社といった職場に就職しています。当教室で学んだ微生物の取り扱いや検査方法の基礎的技術が、現場での仕事に直結しているのです。ここは就職実績があるからと当教室を選んだ女子学生の一人は、現在は一般財団法人の検査機関で食品中の添加物を分析する業務に従事していて、いまでも相談事があれば私のところに来ています。また食品企業に就職する者も多く、品質管理部門はもちろんのこと、関連するさまざまな現場で活躍しています。世界的な飲料メーカーの日本法人に就職した卒業生は、ここで学んだ知識を活かして担当営業マンにアドバイスを行い、売り上げアップにも貢献しているようです。

微生物の研究は無限大
未来への可能性が広がる分野に
微生物研究の分野には未来があります。SDGsが世界的な潮流となる中、化学的な生産ではなく微生物の力でエネルギーを得ようという動きが活発になってきました。微生物の代謝を利用して有機物を電気エネルギーに変換する微生物燃料電池、嫌気性微生物による有機物の発酵で生成するバイオガスや有機物の嫌気消化で生成されるバイオガス、納豆菌による土壌改良など、微生物を利用したエネルギー開発は多岐にわたります。当教室は、そうした夢のある研究の入口でもあるのです。
理系出身じゃなくても大丈夫
楽しく学びたいという気持ちでOK
食品科学はサイエンスの分野ではありますが、必ずしも高校で理系クラスでなければいけないということではありません。食品を扱う関係上、流通や経済学のカリキュラムもありますし、大学入学共通テスト利用では国語と英語で受験可能です。化学基礎や生物基礎程度の知識でも、入学後に化学は手厚くフォローしますし、リメディアル教育も用意しています。食品や健康を楽しく学びたいというきっかけで十分です。高校生の皆さんも、興味があればぜひオープンキャンパスに来てください。楽しい実験や展示で微生物の世界を体験できると思います。