【特集】小論文・志望理由書作成指導へのアドバイス(第1回/全3回連載)|大学Times

【特集】小論文・志望理由書作成指導へのアドバイス(第1回/全3回連載)
『頭がいい人、悪い人の話し方』の著者でも知られる、小論文指導の第一人者・樋口裕一先生から小論文・志望理由書作成指導のアドバイスをいただきました。今号より3回の連載です。
多摩大学経営情報学部教授 樋口裕一

選り好みをしなければ誰でも大学に入学できる「大学全入時代」が叫ばれて数年が経とうしている。学生の選択の幅が広がるため、大学は必然的に魅力ある学部・学科が求められ、特徴あるカリキュラムも多い。そのうちの一つとして「リベラルアーツ教育」を取り入れる大学が増えている。ここでは従来の教養系リベラルアーツだけでなく、広く深く学ぶ学際系の新しいリベラルアーツまでを取り上げていく。

現在は発信の時代である

現在は発信の時代といってよいだろう。
これまでの学校教育は、受信が中心だった。どれほど理解できたか、どれほど知識を増やしたかが問われた。しかし、これからの社会では受信だけでは通用しない。

大学入学後は、その科目をどれほど理解したかではなく、それに対して自分がどのように分析し、提言したかによって評価される。入社試験では小論文や作文が出題され、面接が課せられる。社会に出てからも、会議で発言し、プレゼンをし、レポートを書く。現代人は常に発信能力を問われているといっても過言ではない。そこで、うまく発信できてこそ、力を認められ、仕事を与えられる。発信できなければ、愚かとみなされ、大事な仕事は任されないことになる。

ところで、一般的に、受信のほうが発信よりも先で、受信があってこその発信だと思われているようだが、本当にそうだろうか。

これまで読んだ本の中で印象に残ったものを思い出していただきたい。きっと、それは何らかの形で発信したことのあるものだろう。感想文を書いた、日記に書いた、誰かに話した・・・、人間はそんな本をしっかりと覚えている。

感想文を書かなければいけないので本を読む。レポートを書かなければいけないので調べる。発信の必要があるから、受信をし、その精度が高まる。発信の機会がなければ、知識は定着せず、通り過ぎてしまう。

私はサッカーをテレビで見ることがある。しかし、実はしっかり理解して見ているわけではない。これまでサッカーを本格的にしたことがないため、選手の技術も心理もよくわからない。サッカーのテレビ中継を本当に理解して見ることができるのは、サッカーをしたことのある人だけだろう。サッカー経験のない人は、テレビの解説を鵜呑みにして、わかった気がしているにすぎない。

国語の時間に、読み取りの勉強をするが、それはサッカーを自分でしないで、見ることだけを教わっているに等しい。実際に文章を書いたことのある人であれば、文章の書き方がわかる。書くテクニックも、書いている人の気持ちもわかる。サッカーをしたことのない人にサッカーの見方をいくら教えても意味がないのと同じように、文章を書いたことのない人に文章の読み方を教えても、限界がある。これまでの国語教育は、まさしくサッカーの見方だけを教えるようなものにほかならないと私は考える。

したがって、これからは発信するための教育をしっかり行うべきだと考えている。そうしてこそ、受信能力も高まる。社会に出て役に立つ能力も身につく。そして、そのために必要なのが、小論文教育なのだ。物事を分析的にとらえ、論理的に思索し、しっかりとした自分の意見を持ち、それを人にわかるように表現し、反対意見の人間を説得する能力こそがこれからの社会では求められる。それを養うには、小論文が最適なのだ。だからこそ、あちこちの大学入試で小論文が課されるようになったとも言えるだろう。

小論文とは何か

では、小論文とは何なのか。作文とどう違うのか。
一般的には「客観的に論じるのが小論文、主観的に自分の感想などを述べるのが作文」と説明されるが、それではピンとこない高校生が多い。

私は、小論文というのは、ある問題に対してイエスかノーかを答えるものだと考えている。小論文というのは、何かを論じる文章のことだが、論じるとは、ものごとの是非をただすこと、つまり、ある問題が正しいかどうか、好ましいかどうかを判断するということにほかならない。

それゆえ、ある問題に関してイエスかノーかを答えれば、それで論になる。逆にいえば、小論文にしたかったら、イエスかノーかを問う形にすればよい。こう説明すれば、誰でも小論文とは何かがわかるはずだ。

たとえば、「グローバル化」について小論文を書く場合、「グローバル化は好ましいか」「これからもグローバル化を進めるべきか」などの問題提起をして、それについて論じればいい。また、入試問題などで課題文があって、それについての意見が求められたときは、その文章が主張していることは正しいか、そこで指摘されている状況は好ましいかを論じる。

小論文の「型」

もう一つの小論文を書く場合に考えてほしいのは、作文と違って、型どおりに書いてよいということだ。

小論文の場合、文体や構成にこだわる必要はない。いつも同じ「型」で書いてかまわない。小論文というのは論理的に書くものだ。論理的に書くためには、ある程度、手順が決まっている。しかも、小論文というのは、イエスかノーかを判断するものなのだから、いつも同じ「型」で書ける。

したがって、左下図のような四段落の「型」で常に書くと、論理的になる。もちろん、論理的に書けるようになったら、多少は「型」を崩してもよいが、まずは、「型」を身につけて、その通りに書くほうが、論理的に書く練習になる。

この「型」に即して何度か練習をし、そのあとで、新聞を中心に知識を増やして行けば、かなりのレベルの小論文が書けるようになるはずだ。

四段落の型

このように書く場合の注意点やコツなどについては、次回語るとして、この型に基づいて書いた小論文の例を一つ挙げておこう。以下は、「これからも原子力発電所を建設するべきか」(600字程度)の解答例だ。

小論文例

【プロフィール】

樋口裕一(ひぐちゆういち)

1951年、大分県生まれ。多摩大学経営情報学部教授。通信添削による小学生から社会人までの作文・小論文の専門塾「白藍塾」塾長。2004年刊行の「頭がいい人、悪い人の話し方」(PHP新書)が250万部を超える大ベストセラーに。そのほか 「ホンモノの文章力」(集英社新書)、「読むだけ小論文」(学研)など著書多数。