大学Times Vol.2(2011年7月発行)
厳しい雇用状況や、新卒就職者の3割が3年以内に離職するなど、定着率の悪さなどが問題になっている中、今年4月から大学で「キャリア教育」が義務化された。この義務化によって、大学のキャリア教育力はどう変わるのか。大学選びの新たな基準が示されるのか。日本キャリア教育学会で、長年キャリア教育について指導を行っている榎本和生先生に大学のキャリア教育力について解説をしていただいた。
大学設置基準に右の条文が加味され、今年の4月から実施するようになった。大学・短大におけるキャリア教育義務化の所以である。
この条文のポイントは、下線部分の3点。
①学生が卒業後自らの資質を向上させ、社会的及び職業的自立を図るために必要な能力
この能力は「人生に必要な能力」に換言できる。人生に必要な能力には、主要能力(OECD)、社会人基礎力(経済産業省)、生きる力(文部科学省)などがある。これらの共通する能力の成分、そして新たな成分を加えた8成分を総称して社会人力(榎本和生)と名付けた。この社会人力は大学に限らず、小・中・高校でも開発・育成されていなければならない。教育は本来、キャリア教育だからだ。内田樹氏は「街場の大学論」(角川文庫)の中で、本来のキャリア教育は「成熟した市民」の育成にあると述べているが、人生に必要な能力、すなわち社会人力を備えているのが「成熟した市民」といえる。
では、なぜ大学設置基準でこのようにわざわざ明記されたのか。それはこれらの能力の開発・育成が疎かになっているからである。小・中・高校で疎かにしている原因は知識偏重の受験教育である。知識偏重の受験教育だけで「成熟した市民」の育成に役立つとは思えない。大学で疎かにしている原因は、学生の早期からの就職活動である。就職活動では、学生によっては二年生の夏休みから就職活動をしている。早期の就職活動を許す大学にも問題がある。したがってこのように明記して大学に自戒を求めたともいえる。
②教育課程の実施
これは、「単なる就職対策講座でないキャリア教育を正規のカリキュラムに組み込みなさい」という意味である。①の諸能力は、就職対策講座でない正規のカリキュラムで開発し育成されるべきである。そのため、多くの大学ではキャリアデザイン」「職業と進路」「キャリア開発論」など様々な名称の授業が用意されている。
もちろん、新たな科目を設けるのではなく、セミナーを定期的に開催している大学・短大もある。教育課程の実施だから、定期的なセミナー開催でも構わないわけである。大切なことは、セミナーで①の諸能力を培う内容を扱うということ。能力の開発・育成には時間を要するため、週一の授業に匹敵するくらいに、セミナーを頻繁に開催する必要がある。
③大学内の組織間の有機的な連携を図った適切な体制
大学には学生指導に必要な様々な委員会などの組織があり、それらの組織が有機的に連携してこそ、効果が発揮できる。それらの組織間の有機的な連携を図るためにその中枢が必要で、それがキャリア発達支援センター(仮称)である。
このセンターは、教職員が一丸となった組織である。従来の職員のみの「就職部」や「キャリアセンター」だと、いわゆる就職対策講座になりかねない。教員と職員、「教育課程におけるキャリア教育実施」と「就職対策講座」、この両者の有機的な連携が必要なのである(下図参照)。
キャリア発達支援のための有機的連携(構想)(PDFが開きます)
従来の大学選択基準は、自分の偏差値や大学における卒業後の就職率だったかもしれない。特に、不況の影響で就職困難と言われている今日では、大学選択基準としてますます就職が重視されるかもしれない。確かに不況時に就職できることは重要である。しかしすぐ離職しては何の意味もない。継続が大切である。継続するには、自分なりの志を持ち、専門分野の学理追求に必要な能力、及び一般教育分野と専門教育分野で学んだことを職業に繋げるために必要な能力を身につけていることが大切である。このような能力を開発し育成するのがキャリア教育の本質である。
したがって新しい大学の選択基準は、就職率などの数値による物差しでは測れない、次の2点になる。
この2つの基準を満たしている大学・短大では、その結果として就職率が高く、逆に離職率は低いであろう。しかし、本来のキャリア教育の真の成果を実感するのは、卒業後の人生で様々な苦難に遭遇し、それを乗り越えていくときである。 その時にこそ、「本当にこの大学で学んでよかった!」と実感するに違いない。
【プロフィール】
榎本和生(えのもとかずお)
多摩美術大学教授。東京学芸大学大学院教育学研究科で進路指導(キャリア教育)、生徒指導、教育臨床を専攻。中学・高校・大学の非常勤講師、専門学校専任講師、多摩美術大学助教授を経て、現職。日本キャリア教育学会理事。NPO法人日本学校進路指導支援協会理事。NPO法人日本ライフキャリア協会副理事長。著書多数。