理工系大学特集|大学Times

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大学Times Vol.23(2017年1月発行)

【理工系大学特集】労働力人口の減少の中で付加価値の高い理工系人材を戦略的に育成する

現代は、かつての大量生産を牽引した旧来型産業の人材育成から転換し、付加価値を持った人材育成が不可欠となっている。理工系大学におけるグローバル人材や、実社会で活躍する人材は、教育の現場でどのように育成されるのか。特徴的な取り組みで今、注目される千葉工業大学と福岡工業大学を紹介する。

主要国における研究開発費総額の推移

ノーベル賞受賞者からの提言

2016年のノーベル医学・生理学賞に選ばれたのは、大隅良典・東京工業大学栄誉教授。昨年の大村智・北里大学特別栄誉教授に続き、この分野で2年連続の快挙である。

自然科学分野での日本人のノーベル賞受賞者はこれで22人となり、うち2000年以降は17人。改めて日本の基礎科学力の高さを証明することになった。ただ現在の風潮では、すぐに成果が求められ、製品化や実用化に結び付く応用研究が重視される傾向にあり、解けるかどうか分からない問題に長い時間をかけて挑戦していく地道な基礎研究を目指す学生は減り、助成金も減額気味だという。このままでは将来、わが国の科学技術力の低下は避けられない。大隅栄誉教授は受賞後の講演会で、「技術のためではなく、知的好奇心で研究を進められる大事な芽を大学に残してほしい」と、基礎研究の充実を訴えている。

第4次産業革命への対応

一方、産業界を俯瞰すると、安倍内閣が昨年発表した成長戦略の一つ「日本再興戦略2016」では、第4次産業革命がその柱とされている。18世紀の蒸気機関による第1次産業革命、20世紀初頭の電力による大量生産を可能にした第2次産業革命、さらに20世紀後半の電子化により生産ラインの自動化を実現した第3次産業革命を経て、現代はコンピュータやインターネットが第4次産業革命を推進させていくだろう。そしていま注目されているのが、インターネットですべてのものがつながるIoT、AI(人工知能)、あらゆるサイトやSNSからさまざまな事象をデータ化するビッグデータなどの先進技術だ。

日本が第4次産業革命を勝ち抜き、豊かな未来社会を創造するために、こうした技術に対応する人材育成・確保に資する施策を早急に構築する必要がある。

文部科学省による
「理工系人材育成戦略」

こうした動きに照らし合わせて、これから理工系の大学ではどのような教育を行っていくのか。その方向性を示すのが、文部科学省が2015年に策定した「理工系人材育成戦略」だ。これは労働力人口の減少の中で、付加価値の高い理工系人材の戦略的育成を行うためのもの。2020年度末までにおいて集中して進めるべき方向性と重点項目を整理している。

例えば、グローバル化の推進、地域企業との連携によるイノベーションの創出、産業界で活躍する理工系人材の戦略的育成などの施策がある。各大学では概ねこのようなキーワードを基に、独自のカリキュラムを組み立てている。

独自の手法でグローバル化を推進
千葉工業大学

理工系の大学が考えるグローバルな人材とは、海外で活躍する人材という単純なものではない。日本と海外の両方を知り、問題の解決方法を地球規模の視点、つまりグローバルな視点で合理的に導き出せる人材を指す。このような人材を育成するために、ユニークな取り組みを行っているのは、2014年8月にグローバル化ビジョン(国際化の方針)を発表した千葉工業大学。そこでは学部生の留学や海外協定大学との交流、外国人留学生の受け入れなどの数値目標が掲げられている。この実現のため、英語力強化のためのカリキュラムや海外英語研修制度の見直し、学生寮を活用した海外からの留学生の受け入れと交流の促進、海外企業におけるインターンシップ制度の充実、海外のトップクラスの大学との教育・研究交流協定の締結などを進めている。数値目標を厳格に守っていくことで、千葉工業大学のグローバル化は大きく前進した。

その効果は、発表された英語論文の高い評価に現れている。地質学・土質学、太陽系、地球科学、大地震、ロボティクス、中性子星、状態方程式、肝炎ウィルス、RNA、磁気、単結晶、信号処理、完全吸収などの分野・キーワードの研究が注目され、英高等教育専門誌「タイムズ・ハイアー・エデュケーション」の世界大学ランキングにも初めてランクインした。

同大学の建学の精神は「世界文化に技術で貢献する」。産業界や他大学と連携し、近未来を見据えた研究開発を積極的に行っている。ロボティクス、惑星探査研究、深海資源開発をはじめとした世界トップクラスの研究はマスメディアでも紹介され、広く一般に公開されている。

就業力育成のための
福岡工業大学の取り組み

実践型人材の育成を標榜している福岡工業大学では、社会に出た時に必要な力を、目的を定める「志向力」、仲間と共に考えて行動する「共働力」、自ら問題を発見して解決方法を探る「解決力」、学んだ知識を活用していく「実践力」の4つに分類し、これらを授業の中で身につけていく「就業力育成プログラム」を設定している。アクティブラーニングを取り入れた「キャリア形成」、「コミュニケーション基礎」などの必修科目を通して、授業の中で主体的に学びながら4つの力が身につけられるのが特徴。

福岡工業大学では、アクティブラーニングでさまざまな取り組みを行っている。その一つはアクティブラーニング型の授業、専任教員、受講学生数の割合目標を80%とすること。さらに対応する教室を複数整備するなど、“実践型人材”の育成を目指すため、グループ学習やグループディスカッション、体験学習などを全学的に取り入れた授業を行っている。

実践的な研究という意味では、国(独立行政法人)の受託研究や企業との共同研究が活発であり、学生は高いレベルの研究課題に挑戦することで成長していく。また高度な研究を進めるためにエレクトロニクス・情報科学・環境科学の3つの研究所を備え、キャンパスライフから大学院進学・就職まで総合的なサポートを行う学生サポートセンターが配置された新棟「E棟」が完成。大学・地域連携推進室も設置されており、ますます“実践型人材”育成にふさわしい環境となっている。

付加価値の高い理工系人材の育成へ

コンピュータやインターネットにより、経済や社会の動きはますます加速度を高めている。自動運転のクルマが走り、宇宙や深海への開発が進み、今以上にVRやロボットを使った製品が暮らしの中に浸透していく。その一方で、超高齢社会や格差問題など、社会を取り巻く問題も複雑化している。こうした日本で理工系大学も大量生産を牽引した旧来型の人材育成から転換し、日本にイノベーションをもたらす付加価値を持ったグローバルな人材育成が不可欠となっている。人々の生活を一新する柔軟な発想力と課題を発見・解決する力、高い技術力、そして実用化へと導くことができる人材育成に、いま理工系大学は取り組んでいるのである。