【特集】パイロットの養成に大学が本格的に始動|大学Times

大学Times Vol.6(2012年9月発行)

【特集】ベテランパイロットの定年退職やLCC(格安航空会社)台頭でパイロットが不足 パイロットの養成に大学が本格的に始動

2012年は「LCC(格安航空会社)元年」といわれ、3月に関西でピーチ・アビエーションが就航、7月に首都圏でもジェットスター・ジャパン、8月にエアアジア・ジャパンの運航が始まった。さらに、羽田・成田・関西空港と新滑走路も充実し、ますます航空業界は活況をみせている。現在の航空業界と急がれるパイロット育成の必要性について、ANA(全日本空輸(株))の人事担当者への取材を踏まえ、航空ジャーナリストの秋本俊二氏に寄稿いただいた。

定年を迎えた“団塊世代”
若いパイロットの育成が急務

グラフA パイロットの年齢構成別人数

最近、新聞にも取り上げられ、話題になっているのが、パイロットの定年退職とそれに伴うパイロットの不足であるが、必要な数のパイロットをどう確保していくか。航空業界ではいま、それが大きな課題になっている。ANAではここ数年、(ANAグループ全体で)毎年70名程度のパイロット要員の採用を続けてきた。しかし関係者は「それでもまだ足りない状態」と話す。

理由の一つは、いわゆる“団塊世代”と呼ばれる人たちの定年退職が本格化していることだ。戦後の1947年から1949年に生まれた人たちが定年(60歳)を迎え始めたのが、いまから5年前の2007年。ANAやJALを中心に国内のエアラインには当時、約6,500人のパイロットが所属していたが、国土交通省は「これからの航空需要の伸びを考慮すると毎年50人〜100人のパイロットが不足する」と予測した。グラフAを見てもわかるように単純にパイロット全体の人数を維持しようとすると団塊の世代の山と同じだけの山を20代で作らなければならないだろう。各社はその不足分を埋めようと、さまざまな手を打って新しいパイロットの採用と育成に力を入れている。

ANAでは、日本で唯一、パイロットの自社養成での採用を行っている。3〜4年かけ副操縦士として従事できるまでみっちり訓練を受けるのだ。JALも以前行っていたが、自社養成は大変コストがかかることから現在は採用を中止している。その他の採用ソースは、航空大学校からが主流で、パイロット養成コースを持つ4年制大学、防衛省、また朝日航空・本田航空などの養成校からと限られている。

世界規模でパイロット不足
20年間で46万人も

日本だけではない。パイロット需要は世界的に高まっている。

アメリカの大手航空機メーカー、ボーイングはこの7月、「2012年度パイロット・整備要員予測(2012 Pilot and Technician Outlook)」を発表した。これは、世界経済の進展とエアライン各社に納入される航空機数から、今後20年間で補充しなければならない運航スタッフ(パイロットや整備要員など)の人数を割り出したもの。同予測では、民間航空機のパイロットは2031年までに世界中で新たに46万人が必要になると試算している。とりわけ中国、インドなどの新興国を中心にパイロットの不足が顕在化し、46万人のうちの約4割にあたる18万2,300人がアジア・太平洋地域での需要だ。

日本では2010年以降、成田空港や羽田空港の拡張・整備も進み、日本から海外の各都市に向かう国際線の発着数が増えている。さらに2012年は日本でも「LCC元年」などと言われ、ピーチ・アビエーション、ジェットスター・ジャパン、エアアジア・ジャパンという和製LCC3社が相次いで就航した。

こうした新興エアラインの台頭も、パイロット不足に拍車をかけている。新天地を求めて大手からLCCに移るパイロットも増えているようだ。

外資系航空会社も
経験豊富な日本人を採用

ここで、2012年に就航した新興3社のパイロット事情を見てみよう。

まず3月に関西国際空港を拠点にデビューしたピーチ・アビエーションだが、同社の就航時のパイロット数は計22名。親会社のANAから支援にきた訓練担当の幹部パイロットのほかは、他社からの移籍組だ。採用に当たってピーチ・アビエーションは経歴や運航実績など厳しい基準を設け、それをクリアしたのはほとんどが国内エアラインでの経験者だった。なかでも多くを、経営破綻から早期退職の道を選択したJALの出身者が占めている。彼らの応募がなければ、資格、経験の両面で優れたパイロットの確保は難しかったかもしれない。

7月3日に就航したジェットスター・ジャパンの運航部に所属するパイロットは、初就航時点で計59名だった。そのうち、すでにラインに就いているのは約20名で、他はまだ訓練中だ。全員がJAL、フジドリームエアラインズ、エア・ドゥ、スカイマークなど国内エアラインの出身だが、初期メンバーの59名とは別に最近3名のオーストラリア人パイロットがメンバーに加わった。

同社では今後も「毎月10名ずつのパイロットを増員していく」という。運航するエアバスA320を3年間で24機態勢にする計画で、新規に採用するパイロットの目標は合計240名。応募資格は、現時点では経験者に限っている。学卒者の採用についてはまだ予定はない。しかし、これからますます難しくなることが予想されるパイロット確保への対応策として、将来的には航空大学校など関係教育機関との連携も視野に入れているようだ。

もう1社、この8月1日に就航したエアアジア・ジャパンでも、人数は明かしていないものの、これまで他のエアラインで豊富な経験を積んできた日本人パイロットを採用している。45?61歳というベテラン層を中心に集めた。旅客機を運航するには1機につき約10名の運航乗務員が必要とされる。今後の増機計画に合わせて、パイロットのさらなる増員はやはり不可欠。若いパイロットの採用に踏み切るかどうかは未定だが、同社のWebサイトでは乗員の求人エントリーを随時行っている。

操縦できるのは1機種だけ

LCCと同様、大手でも今後はさらに多くのパイロットが必要になるだろう。

ANAには2012年4月現在で、約2,000名のパイロットが所属している。それだけの数がいれば十分のようにも思うだろうが、一人のエアラインパイロットが複数の機種を操縦できるわけではない。操縦桿を握れるのは1機種に限定されている。ネットワークキャリアとして国内線から短距離・中長距離の国際線までを運航するANAでは、最新のボーイング787をはじめ長距離型の777、747、中距離型の767、短距離型の737、その他エアバス機など多くの種類の旅客機を保持。その一つひとつの機種ごとに、ライセンスを持つパイロットが必要なのだ。

JALに所属していたパイロットの一部は、経営破綻による人員整理で、前述したLCCのほか中東のエミレーツ航空やトルコ航空、中国系エアラインなど急成長している会社に転職していった。しかし再生を果たした今後は、次の時代を担う多くの若きパイロットがやはり必要になっていくだろう。

では、エアライン各社では新しいパイロットにどんな資質を求めているのか?最後にその点にも触れておきたい。

パイロットは大勢のスタッフと
感動を分かち合う素晴らしい仕事

パイロットというと、狭い空間(コクピット)で限られた人とだけ仕事をしているイメージがあるかもしれない。しかし実際は、客室乗務員や整備士、地上支援スタッフをはじめ、じつに多くの人たちと関わりながら任務を遂行している。 「自分の考えや判断などを的確に伝え、かつ人の意見にも素直に耳を傾けられるコミュニケーション能力が私たちの仕事には欠かせません」と話すのは、JALで新人指導を行う教官パイロットだ。「パイロットをめざす若い人は、日ごろからたくさんの人と積極的に関わって、コミュニケーション訓練を積んでおいてほしい。コミュニケーション能力というのは、入社後の教育ではなかなか教えるのが難しい部分ですから」

パイロットへの道は、たやすいものではない。訓練は厳しく、担当する機種が変われば、また新たな訓練を受ける必要がある。とても大変な職業だが、しかし──と教官パイロットはつけ加える。 「それを達成した喜びは、他の仕事では決して味わえません。目的地に着いて、お客さまがコクピットに向かって手を降っている光景をよく見ることがあります。無事にお客さまを運び終えたことに、心から喜びを感じる瞬間です。その感動を、私たちパイロットは毎回のフライトで体験できるのです」

パイロットが不足する今後は、従来以上にチャンスが広がるだろう。空の仕事を夢見る若い人は、ぜひ果敢にチャレンジしてみてほしい。
〈航空ジャーナリスト 秋本俊二〉