注目の学科教員&学生インタビュー
医師の働き方改革「タスク・シフト」で変わる医療現場 キーパーソンとなるのは臨床工学技士~東京工科大学~
大学Times Vol.51(2024年1月発行)
1986年の開学以来、教育の柱として掲げている「実学主義」に基づき、社会で活躍する人材を多数輩出してきた東京工科大学。2024年4月から始まる医師の働き方改革が迫るいま、注目される臨床工学技士を育成する島峰徹也専任講師と卒業を間近に控えた学生ふたりに臨床工学科の魅力を伺ってきた。
東京工科大学 医療保健学部 臨床工学科
専任講師 島峰 徹也(しまみね てつや) 写真右
4年生 福元 葉月輝(ふくもと はづき)さん 写真中央
4年生 関口 純矢(せきぐち じゅんや)さん 写真左
現場感覚を重視した環境で”いのちのエンジニア”を育成
島峰「臨床工学技士は“いのちのエンジニア”といわれており、常に機械の先に患者さんがいることを頭に入れて医療機器を操作しなくてはなりません。本学ではそうした臨床工学技士を輩出するため、1年次から膨大な医療の知識に無理なく馴染めるような教育を実践しています。
1年次の基礎科目「医療入門演習」では臨床工学技士の仕事だけでなく、看護師、臨床検査技師、理学療法士などの仕事を知り、医療現場で働くことのイメージを徐々に膨らませていきます。2年次からは専門領域に踏み込み、3年次で医療機器の原理、VRシミュレータなどを用いて様々な医療機器の操作技術を習得しながら1カ月半の臨床実習に臨みます。
また医療には国家資格だけでなく心電図検定、 ME(メディカルエンジニア)二種検定など様々な分野の資格があります。たとえば卒業後、大きな病院で働いていくことになったら自分のスキルアップとして資格取得は必須ですから、それらに付随する情報の提供も心がけています。また、本学には臨床工学技士としての臨床経験が豊富な教員も多いので、定期的に学会発表、論文発表が行われています。その中で私たちだけではなく学生たちにも学会への参加を促しています。
2023年11月に開催された「第6回神奈川県臨床工学会」において臨床工学科4年生の関口さん、福元さんのふたりに発表してもらい、学生奨励賞対象演題部門の「BPA優秀演題賞」を受賞しました。学生のうちにこうしたことを経験できたのは、意義のあることだったのではないでしょうか」
学会で認められた学生たちの研究
関口「臨床工学技士が直接、在宅医療に関わる機会は少ないのですが、近年、新しい在宅医療機器が保険点数として認められたりするなど、今後この制度はさらに広まると考え、在宅医療機器「CPAP(シーパップ=睡眠時無呼吸症候群治療器)」に着目しました。使用時の当該機からの音を快音化するということをテーマに発表しました。もともと私は不整脈と呼吸器分野のふたつに興味があり、島峰先生の研究室に入ったのもそれにマッチした研究をされていたからです」
福元「将来の医療をより良くしていくことに繋がるのではないかと考え、学会発表に臨みました。私が所属していた研究室ではVR(仮想現実)技術を用いた人工心肺シミュレータを開発していたので、それを用いた養成校、医療現場での教育を評価して、この先の人工心肺教育に活かせないかということをテーマにしました。研究を通じてVRで同じ視点を共有でき、チームワークが形成されることも分かりましたので、本学が謳う『実学主義』を実践することが可能だと感じました」
島峰「VR技術を用いた人工心肺シミュレータを導入している養成校は少ないと思われます。人工心肺のVR操作というのは非常に有用ではないかと注目を浴びており、本学は先駆的にこの研究に取り組んできました。病院から技術レベルを担保するために人工心肺シミュレータで学ばせてほしいなどの依頼がくることもあります。人工心肺の実機は1台で数千万から1億円するのに対し、VRだとハイスペックパソコンを合わせても50万円程度で済みます。操作感としても実機と差異はないと現場の技士さんたちが仰られています。コロナ禍をきっかけに遠隔講義などとあわせてVRやAR(拡張現実)の必要性は増してきています」
医療と工学の融合
祖母の治療に立ち会った経験
関口「両親が医療従事者でしたので、医療には漠然とした興味は持っていました。中学校の授業で電気回路を学び、そちらの分野に進みたいと思っていましたが、高校に入って色々な大学へ見学に行き臨床工学技士の存在を知りました。幼いころから興味のあった医療と工学を融合させた分野である、と感じたのと機械操作のかっこ良さにも惹かれました」
福元「臨床工学技士を目指そうと思った理由は、祖母が10年前に心筋梗塞になってPCI治療(経皮的冠動脈形成術)を受けた時です。カテーテル治療で命を救えるということを知り、医療機器に興味を持ちました。また、その時のメディカルスタッフの方々が患者の家族である私たちにも寄り添ってくれたことが印象に残り、治療に直接かかわる臨床工学技士になりたいと考えました。本学を選んだ理由としてはオープンキャンパスで実際に機器の体験ができた点で、本学だったら自分の理想とする患者さんに寄り添った臨床工学技士になれると思ったからです」
医療現場の新たな働き方
“タスク・シフト”に向けて
島峰「2024年4月からは医師の働き方改革“タスク・シフト/シェア”が始まり、臨床工学技士ができる領域は広がります。医師たちからはカテーテル治療の際、次に任せられるセカンドは臨床工学技士という肯定的な意見があり、非常に歓迎されています。また、これまで静脈注射を行えなかったのが、一定の条件を踏まえれば行えるようになるなど、変化に応じた養成教育も必要とされています。
本学は昨年度よりタスク・シフトを視野に入れた新カリキュラムを導入しています。また、導入前より学内実習として内視鏡スコープの保持の仕方を体験させたり、腹腔鏡の基礎、心臓手術の器具の説明など、今後新しくできる業務領域に対応できるような教育を行っています。今から医療現場へ出ていく若い人たちが新しい領域を開拓していきますので、ここがいちばん大事なことだと考えています」
目標は高度なスキルを身につけた臨床工学技士
福元「4年間、学びを深めていく中でICU業務に就きたいと考えるようになりました。ICUの患者さんは複数の医療機器で同時に管理しなくてはならない特色があり、そこにやりがいを感じています。集中治療室のスペシャリストを目指したいと考えています」
関口「幅広い業務を担う総合病院に就職が決まったため、臨床工学技士が携わるすべての領域に深くかかわるジェネラリストになりたいと思っています。今からワクワク感と使命感でいっぱいです」
少しの興味と好きからはじまる
島峰「アメリカでは人工呼吸器やカテーテル、人工心肺などのスペシャリストが医師と契約を交わして専門的に仕事をしており、臨床工学技士という名目の仕事はありません。医療機器を横断的に操作できる日本の「臨床工学技士制度」は世界的に見ても特有といわれています。アジアではこの制度が注目されており、これに倣った制度がタンザニアの国立ドドマ大学で誕生するなど世界でも臨床工学技士を育成する流れが広まってきています。
臨床工学技士は手術室などで意識のない患者さんと向き合うことが多いため、その知名度はやや低く、かつては男子学生が大半を占めていましたが、現在の男女比は半々です。医療系に少し興味があってコンピュータが好きであれば、目指しやすい職業だと思います」