食物・栄養学系特集准教授インタビュー
畜産業界の新たな可能性を切り拓く
「ホエイ」を活用した国産ブラウンチーズ造り~日本獣医生命科学大学~
大学Times Vol.56(2025年4月発行)

わが国の酪農・畜産業は、コスト高や後継者不足なども相まって、中小の事業者は危機的な状況を呈している。しかし未利用資源に活路を見出し、欧州産とは一線を画す日本ならではの「ブラウンチーズ」が今、注目されている。日本獣医生命科学大学は国内の大学でも数少ない、チーズの研究を行っており、国産ブラウンチーズの製法を確立し、国内製造の普及に奔走する三浦孝之准教授に話を伺った。

日本獣医生命科学大学 応用生命科学部
准教授 三浦 孝之
博士(農学) 食品科学科 乳肉利用学教室
食肉とチーズの研究は“生命を預かる”学問
私の研究分野は、畜産動物の食肉とミルクの未利用資源の活用です。肉やチーズは『生命を預かる』特別な食品です。大学の食品科学科は獣医学から派生した学科であるため、獣医・畜産学に基づいて生体から食肉を学んでほしいというのが私の信念です。ですから、食肉処理場の見学にも行きますし、教材に関しても加工済みのブロック肉ではなく「豚の枝肉(骨が付いたままの肉塊)」を使い、学生には部位の特性や骨格をはじめ、食肉のビジネス業態に及ぶまでさまざまなことを学んでもらっています。たとえば牛の未利用部位の活用を考えたり、骨を使ってコラーゲンたっぷりのスープを開発するなど、廃棄される部位の利用を学生と共に取り組んでいます。
また本学には、チーズの熟成研究を行っている国内でも珍しい研究室があります。食肉のほかミルクの利用にも非常に力を入れており、チーズ製造時に捨てられる「ホエイ」(下記写真参照)の活用にも取り組んでいます。
チーズ製造時に廃棄される「ホエイ」を活用したノルウェー発祥「ブラウンチーズ」
さらにチーズ製造の際に廃棄される、大量の「ホエイ」の活用も多角的に研究しています。10キロのミルクからチーズを造る際、固まるのはわずか1キロだけで、残りの9キロの液体「ホエイ」はすべて廃棄されてしまいます。世界的にホエイを活用するという動きは以前からあって、1日に何万トンものホエイが排出される欧米などでは、ホエイをパウダー状に加工してプロテイン飲料を製造する大規模工場を整備し、再利用が実現しています。しかし、日本ではチーズ製造の規模が小さいため、同様のシステム導入は不可能な状態です。
2018年、ノルウェー視察の際にホエイから造られる「ブラウンチーズ(ブルノスト)」の存在を知り、日本のチーズ生産者の明るい展望とするべく、本格的な開発に踏み切りました。日本には300社以上のチーズ製造業者がいますが、大手はわずか数社で、そのほとんどが小規模な工房です。30キロのミルクからは、わずか3キロほどのチーズしか製造できないため、大半の工房はチーズを造って販売しても、利益をあまり出せないのが現実です。 SDGsの観点からも、捨てられる27キロのホエイを無駄にせず、商品としてお金に換えることができないかと考え、日本産「ブラウンチーズ」のメソッドとシステムを確立させました。
日本産「ブラウンチーズ」が酪農・畜産業界にもたらす明るい兆し
欧州産のブラウンチーズは個性が強く、あまり日本人の口に合うものではありません。同じ製法では普及が難しいと考え、少量のホエイでもきれいな茶色になり(写真参照①)、なおかつ日本人にも受け入れられやすい、甘味のあるブラウンチーズの製造方法を開発しました。私たちが日頃食するチーズのイメージよりもスイーツやデザートに近く、砂糖を一切使わずに甘味を出しているのが特徴です。食べると生キャラメルや生チョコレートのような味わいがあり、後味はチーズの香りが残ります。このブラウンチーズは汎用性が高く、ケーキや焼菓子、アイスクリームのトッピングなどにも使われています。また、近年はアフリカなど生産地の天候不良からカカオ豆が収穫できずに高騰しており、「カカオショック」の代替品としても注目されはじめています。
さらに、新興の乳業機械のメーカーと共同開発で、ブラウンチーズ製造機も完成させました。小規模業者に合わせたコンパクトなサイズが特徴で、現在10社あまりの業者がこのシステムを導入しています。そのうちの1事業者は、このシステムで製造したブラウンチーズが高く評価され、本国ノルウェーのチーズコンテストで最優秀賞を獲得しました。
「成績重視」よりも「感性を磨く」
早期ゼミで乳肉利用学教室が望むこと
本学では、1年前期のGPAが所定の基準を満たした学生に対し、1年後期から希望するゼミで学べる「食品大好きプロジェクト」という制度があります。
たとえばチーズに興味があって本学に入学し、私たちの乳肉利用学教室で学びたい学生がいたら、私は成績を重視するよりも先に、自己の感性を磨いてほしいと希望しています。その方法は、今すぐにでも自分の足でいろいろなお店を見て巡り、チーズの味を試して違いに気付いたり、お店の人に製造方法などを聞くなど“体験して”きてほしいのです。その経験や学んだ知識から発見したことを活かし、私たちと一緒に研究できるのがベストだと考えています。学生から「こんな面白いチーズがありました!」と言ってもらえるようなレベルで研究室に来てもらえたら嬉しいです。
「ものづくり」は想像するチカラ
第一次産業を支える人材に期待
私はこの学問の基盤は「ものづくり」にあると考えています。畜産やミルク、チーズ、食べることが大好きでものづくりに興味がある学生に来てもらいたいし、彼らを応援できる研究を続けていきます。何かを造り、世に出すことを想像できる人は、食資源や第一次産業の大切さにきっと気付くはずです。そういう視点を持った人を待っています。
