「大学の都心回帰が進んでいる今…」特集|大学Times

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大学Times Vol.18(2015年9月発行)

「大学の都心回帰が進んでいる今…」特集

都心にキャンパスを移転させる動きが大学の間で広がっている。通学に便利、繁華街が近いなどの理由で移転後は志願者も増えているようだ。こうした動きの社会背景や今後の見通し、都心回帰のメリットとデメリットなどについて、全国で高大接続の実践に関わる立場から、筆者の考えを示す。

大学の都心回帰が進んでいる

実践女子大学が2014年に文学部、人間社会学部および短期大学部の全学年を、東京郊外の日野キャンパスから新しく整備した渋谷キャンパスへ移転させて話題となった。多くの路線で通えるJR渋谷駅から徒歩10分と交通至便。教育の拠点となる地下1階、地上17階の新校舎に対する学生からの評判も、上々のようだ。

ここ数年、大学が都心にキャンパスを移転させる事例が進んでいる。先鞭を付けたのは東洋大学だ。1・2年次が朝霞、3・4年次が白山と、学年によって2つに分かれていた文系5学部を2005年に白山キャンパスへ統合。4年間を通じて都心の同じキャンパスで学べる環境を構築した。

文系7学部を青山キャンパスに集約した青山学院大学や、文系8学部を京都市中心部の今出川キャンパスに集約させた同志社大学なども、同様のパターンだ。ほかにも共立女子大学や跡見学園女子大学、立正大学、拓殖大学など「4年間、同じ都心のキャンパスで」というコンセプトでキャンパスを整理する事例が増えている。

学部単位で拠点キャンパスを丸ごと都心に移す例もあり、いまや都心回帰は、大学業界でのブームと言って良いだろう。

大学の都心回帰が進む背景

そもそも大学キャンパスの郊外移転が進んだのは、日本が高度成長期を迎えていた1970年代頃のことである。1978年に文系学部を多摩地区へ移転させた中央大学や、東京教育大学を前身として1973年に開学した筑波大学などはその象徴と言えるだろう。

都市部に人口や産業が集中することを防ぐ「工場等制限法」が1959年に首都圏で、1964年に近畿圏で成立しており、当時、都市部における大学の新設・増設は制限されていた。その一方、高等教育への進学率が3割を超えるなど受験生は急増。これを受け入れるため郊外に広大な校地を取得し、移転を決断した大学は少なくなかった。

中央大学のように都心の校地を手放して移転したケースもあれば、1・2年次の教養教育を郊外、3・4年次の専門教育を都心で行う体制をとった大学もある。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスなどは、新設学部を郊外に整備した例だ。

しかし90年代以降、都心の空洞化が社会的な課題となったことから工場等制限法が2002年に廃止。小中学校の統廃合や工場等の郊外移転なども進み、キャンパス開発のための用地取得がしやすい環境も整い始めた。大学にとっては「都心に戻れる」社会状況が揃ってきたのである。

都心回帰のメリット

キャンパス整備には通常、数十億円以上の膨大な費用がかかる。わざわざキャンパスを移転させる大学側のメリットは、大きく分ければ以下の2点だ。

第一が学生確保である。1990年に200万人だった18歳人口が2010年には120万人程度まで落ち込むなど、少子化が進み、大学間の学生獲得競争はいっそう激化している。多くの私立大学にとって、志願者数の維持・増加は最大の経営課題だ。そんな中、アクセスしやすく、身近に繁華街が多く、学生生活を送る上で魅力が多いといった理由から、都心の大学は受験生の支持を集めやすいようだ。

冒頭の実践女子大学の事例では、渋谷に移転した結果、当該学部の志願者数が前年に比べ30%以上も増加。東洋大学も移転後、順調に志願者数を伸ばしている。移転計画を発表する他大学にも、その目的として、学生獲得における大学間競争での生き残りを掲げる例が少なくない。志願者増に対する影響の見えにくいFDなどの教育改革や、結果の予測がしづらい学部改冒頭の実践女子大学の事例では、渋谷に移転した結果、当該学部の志願者数が前年に比べ30%以上も増加。東洋大学も移転後、順調に志願者数を伸ばしている。移転計画を発表する他大学にも、その目的として、学生獲得における大学間競争での生き残りを掲げる例が少なくない。志願者増に対する影響の見えにくいFDなどの教育改革や、結果の予測がしづらい学部改編などに比べ、都心への移転は「確実に一定の効果が見込める施策」とみなされているようだ。

第二が教育上のメリットだ。これまでは教養教育中心の1・2年生用キャンパスと、ゼミや専門教育、研究活動の拠点である3・4年生用キャンパスとに学生生活の拠点を分ける大学も多かった。しかし初年次からのゼミ活動や早期からの専門教育、学年をまたいだプロジェクト型の課外活動などには、同じキャンパスで4間を送る形の方が望ましい。大学院生や高学年の学生と、低学年の学生の接点が増えることによる教育効果も期待できる。

こうした効果は、大学にとって無視できないものだ。大学間競争が激化するほど、今後も大学の都心回帰は進むだろう。

懸念される点は?

良いことずくめに思える都心回帰だが、懸念すべき点もある。
上述の通り、大学が巨額の移転費用をかけるのは、志願者増の効果が期待できるからだ。だが、その移転先に通えるエリアの学生達もいずれは減っていく。現在およそ120万人の18歳人口は、2030年には100万人を切り、2050年には約72万人まで落ち込む。移転の効果も、時間と共に失われていくのだ。

また、たとえば上位ライバル大学が同じ沿線、またはより便利な立地に移転してきたらどうなるだろう。当初想定していた通りのメリットを得られず、移転費用のモトを取れない大学もいずれは出てくるだろう。

さらに、キャンパス移転によって新たに増える志願者には「繁華街に近いから」という理由で進学先を決めた学生も少なくないだろう。都心に移転したことによって学生の気質や目的意識が変わり、授業が行いにくくなったという教員の話を、筆者は既に耳にしている。こうしたミスマッチは中退増加などの経営リスクにも繋がる。結局は、根本的な教育内容を良くしなければ長期的な経営安定は図れない。

また今後は国内にとどまらず、海外からの学生獲得を目標に掲げる大学も増えることだろう。留学生の増加はキャンパスに多様性をもたらし、学生の成長を促す。だが、多くの留学生が進学先選びにおいて必ずチェックするのは、教育・研究環境や学生寮の充実ぶり、学費の安さ、生活面での安全性などである。世界中から優秀な学生を集めている欧米の名門大学に都心の大学が少ないのは、郊外の方がこうした環境を整えやすいからだ。「都心に近い」は、世界の学生には必ずしも響かない。

留学生だけではない。国際教養大学や立命館アジア太平洋大学、慶應義塾大学SFC、金沢工業大学、豊田工業大学など、企業から高く評価されている大学は、必ずしも都心にはない。企業の人事部や高校教員、留学生が評価するのは、学生を大きく成長させる大学だ。「繁華街に近い」「通学が便利」というだけで受験生が選んでしまう大学なら、高校教員も自分の生徒に勧めたくないだろう。それ以上の価値が都心のキャンパスにあるかどうかを、進路を選ぶ高校生にはぜひチェックして欲しい。

倉部 史記氏

【プロフィール】

倉部 史記(くらべ しき)

高大接続プロデューサーとして、高大接続の支援活動を展開。企業広報の企画制作、私立大学スタッフ、大手予備校の主任研究員などを経験。高校生および保護者への進学指導実績も数多い。現在は執筆・講演活動や教育プログラムの開発などを通じて、進路に関する課題解決に従事。平日の大学の授業に高校生が参加するキャリア教育プログラム「WEEKDAY CAMPUS VISIT」をNPO法人NEWVERYとともに展開する。著書に『看板学部と看板倒れ学部』(中公新書ラクレ)など。