探究学習特集スペシャルインタビュー
動き出した探究学習の現在地、大学入試への対策とは
~株式会社トモノカイ~
大学Times Vol.50(2023年10月発行)
社会の先行きが不透明で将来の予測が困難な時代が既に訪れている。
Volatilit y:変動性、Uncertaint y:不確実性、Complexit y:複雑性、Ambiguity:曖昧性の4単語の頭文字をとったVUCA(ブーカ)という造語が近年知れ渡っているように、予測困難な時代の最中で子どもたちに必要なスキルとして探究学習は注目されており、2022年度に高等学校の学習指導要領で「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」へ改訂されたことも記憶に新しい。改訂から約1年半が経過した現在、探究学習を高等学校で行う上での課題や解決策、今後の予測について、探究学習の教材開発や探究学習発表イベントなど中高生向けの教育支援を行う株式会社トモノカイの担当者に伺った。
株式会社トモノカイ
執行役員 未来教育創造室 室長 木曽原 和之(きそはら かずゆき)氏(左)
未来教育創造室 加藤 善介(かとう ぜんすけ)氏(右)
東京大学家庭教師サークルを母体に2000年に設立。家庭教師派遣事業から始まり、現在は学習メンタープログラム、探究学習支援、グローバル教育プログラムなど中高生向けの幅広い教育サポートを行っている。
探究学習とはどういう学習?
探究学習と総合学習との違い
実は、これまでの「総合学習」と「総合探究」の間に決定的な目的の違いは感じていません。思考力や判断力、表現力を総合的に活用して発揮する術を意識して高めることや、探究のプロセスを生徒自身で意識して運用すること、術を使いながら具体的な課題に参画し、世の中をより良くした実感を手に入れるという目的が、今まで以上により明確に意識づけされた学習を「総合探究」だと考えています。すなわち、最終的には生きる力に繋げていく学びを探究的と表しているのです。
探究学習のプロセス
探究学習の一般的なプロセスとしては、課題設定→情報収集→情報の整理・分析→まとめ・発表の繰り返しです。具体的には、自ら世の中の出来事の中にビックリマーク(!:興味・関心事)を探して、それに対して思い浮かんだ何故なんだろう、どうすれば良いのだろうという疑問を解決する力を養う活動を繰り返していきます。探究学習は課題解決のプロセスを繰り返し行う中でスパイラル的な流れができ、次の段階へ繋がっていくこと、そこへ意識を向けていく学習だと捉えています(下図参照)。
探究学習を行う必要性とは?
現在の高等学校が抱える課題の一つは、学んだ内容を単なる受験のためのツールや知識として留めている生徒が多いことです。学んだ知識を持っているだけでなく、運用することを若い間から習慣化しておくと、進学の際も学部で学ぶことの意味や意義を意識して入学することができ、より学びが深くなったり、入学してからの伸びが違ったりします。探究学習は知識を運用する力を身につける手段を学ぶ授業としての面だけでなく、高校生自身が手ごたえや面白さを感じることで、内に秘めていた次に目指す指標を見つけられるという側面にも期待できます。
(株)トモノカイが行う探究学習のサポート
支援教材は問い合わせ件数約5倍に
探究学習のカテゴリー教材としては3種類取り扱っています。中高校生向けでは①基本から段階的に学ぶ『一生使える探究のコツ』シリーズ、②朝日新聞社協力のもと制作したSDGsの教材やYahoo!JAPANクリエイターズプログラムと共同制作したドキュメンタリー動画を題材に学ぶ社会的課題に関する教材、③自治体の観光課や観光庁からの要請のもとサポートして制作する地域探究の教材があります。現在、中高生向けの教材についての問い合わせは全体的に増加しており、昨年比で今年は約5倍、注文件数も3年間で約5倍にも増加しています。現場の先生方は「総合学習」と「総合探究」の違いとしてまとめ・表現を重視していらっしゃる方が多いと感じます。(株)トモノカイの教材には、書き込みや発表などまとめ・表現のフェーズが多く盛り込まれているため、問い合わせが増加したのだと考えられます。
探究学習のプロセス・成果を発表する『自由すぎる研究EXPO』の開催
探究活動においては成果よりもプロセスが重要なため、自身が変容したと自覚して自信を持つことが出来ればそれで良いと思っています。しかし自身の中に留めるだけではなく、考えを広く伝える場、称賛の場が必要だと学校からも要望があり『自由すぎる研究EXPO』は開催されました。
今までは大人が生徒の考えを評価して称賛している大会や場が多かったのですが、私たちには称賛の形を一つにしたくないという思いがありました。そのため『自由すぎる研究EXPO』は多くの大学生にも審査に参加していただいたり、さまざまな企業にそれぞれの視点から称賛していただいたりして、違う考えを持った応募者たちが誰かしらに称賛される場を作りました。しかも、年齢にとらわれることなく、どのような応募者も対象にしました。昨年は中学生を応募資格に明記していなかったのですが、熱意のある中学生からの応募をいくつかいただきました。今年は応募資格に中学生と明記したところ、昨年以上に多くの作品を応募いただきました。
『自由すぎる研究EXPO』HPより
金賞・特別賞受賞20作品
高校現場での課題
授業形式の不鮮明さを解決することが重要
探究主任の先生方が感じている課題としては、探究に進んで取り組む先生と消極的な先生の落差があること、試験に関係ないからといっておざなりに取り組む生徒がいることです。以前は探究学習とは何なのか、やらなくてはいけないのか、どのように進めるのかということが話題の中心でした。しかし、『探究』というワードの定着や学習指導要領が改訂されて約1年半という月日が経ち、やらざるを得ないと皆さん覚悟を決め始めています。スタートが乱れたため、現在は探究学習の形式化ができている学校とまだ固まっていない学校が混在している状況です。そこで、どのような学校においても、自分たちなりの探究学習の形式の答えを出すことが、今年度から来年度にかけての切実な課題であるといえます。
形式の答えを出さなくてはいけないけれど、目指す生徒像がぼやけているがために、上手くいかないという学校からの意見も多いです。例えば、何年生の○○さんが自身の学校では目指す姿だという、具体的な共通認識を先生方の間で持つことでより目標がクリアになると、組織としての目標ができるため、そこを目指して形式を作ることができるのではないかと思います。
“指導”よりも“伴走”
生徒の考えをサポートするには
授業を進めていく上で、指導するというより伴走するというスタイルの学校はうまくいっているケースが多い印象です。そのためには、先生と生徒の間で何がわからないのかという点を明確化する必要があります。コミュニケーションの量を増やすことも良いですが、まずは課題設定から発表までのプロセスをインプットすることも重要です。生徒によっては課題設定などを行わずに発表から始めてしまう子もいるので、まずは課題設定をしてデータの分析をして…というプロセスを意識することで先生と生徒の目線を合わせることが大切です。
また、一クラス何十人の生徒に対して、先生一人で様々なテーマに寄り添うことは不可能に近いです。そのため保護者の方や上級生など、先生以外にも味方を増やしていくことで、生徒一人一人と向き合う時間を充分取ることができないという課題を解決している学校も多くあります。
探究学習を利用した入試の今後
総合型選抜の増加
先日は実践女子大学が総合型選抜を増やしていきたいという中で、オープンキャンパスでの探究イベントを開催し好評をいただきました。現在は新型コロナウイルス感染症の影響も受け、帰国子女系の入試が減少して、総合型選抜の割合が増加傾向にあります。今まで実施されていた他の選抜方法が総合型選抜にインクルードされているため、自分をアピールする軸を今まで以上に持って総合型選抜に臨む必要があります。スポーツや文化的な活動で賞をもらっているというような誰の目にでもわかるアピールポイントでない場合は、探究学習などの活動がアピールポイントとして今後増加していくのではないかと思います。
探究活動を軸としてアピールする場合には、自分自身だけのストーリーとしての面白みと説得力が必要です。志望理由書もAIで書けてしまう時代ですので、オリジナリティが今まで以上に求められてきます。
探究で総合型選抜を利用する生徒への接し方
どういった発表、テーマ、プロセスが評価を得るのかという共通項を知っておく必要があります。『自由すぎる研究EXPO』では、複数企業のみならず、大学にも称賛していただいています。大学ごとの求める学生像を理解するために、このような大会で、生徒の志望校がどういったポイントを見ているのかという知見を得て、助言し、成果物をアウトプットするとより合格に近づくと思います。
また、指導するという意識より、先生方は助言だけに留めたり、一緒に楽しんでいたり、感動していたりする方が重要で、その熱量を受けて生徒が自走している状況の方が、多少遠回りをしても最終的にテーマを深堀りしていくための適切な術に辿り着くと思います。最初から先生が生徒にこのテーマをやりなさいと言ってしまうのは従前の方法と変わらなくなってしまいますので、生徒自身が自分の力で辿り着いたと実感する経験が必要です。
探究学習の今後
最初に課題設定をしなくても良い
探究学習で行う学びに興味のない生徒もいます。興味がない場合は、先に成功体験をさせることが、自分もできるんだという自信や気づきになるので、一つの手だと考えています。探究学習は、課題が先にあってそこから突き詰めていく方法でも、とりあえず何かやってみたらそこから課題が見つかって、次はこれを調べてみるというスタートでも、どこから始めても良い学習です。サイクルを回していって最終的に自分はこの課題に向き合っていると自覚し始めることができれば良いので、我々はそのサイクルをパターン化するお手伝いをしていきたいと考えています。
探究学習を学ぶ子どもたちの未来
現在の日本人は国際的に見ても、自分に自信が持てない人が多いと言われています。しかし、子どもたちが大人になった時には今の大人よりもっと自信を持って人生を楽しめているようになっていなければいけません。探究学習を行うことで、何かできたという成功体験を得て自信を持てば、未来は大きく変わると思います。日本の学力レベルはもともと低くはなく、探究学習ではより実践的な課題を扱っているので、これから日本が世界で一番物事を考えることのできる高校生の育つ国になることは不可能ではないと思います。
例えば私が今すぐダンクシュートをするのは身体能力的に不可能ですが、考えることと想像することは唯一何の縛りも受けません。課題解決が重要と言われていると、そのフレームワークを学ぼうとしてしまう場合もあります。しかしフレームワークは時代によって変わってしまうので、子どもたちには考えて想像する習慣を一番身に付けてほしいです。
また、探究に対する面白さを知識として持っているだけでも良いと思います。今までは成果が合格点に到達しなければ落第だと思ってしまう子どもも多かったのですが、そうではなく考えるプロセスに意味があると探究学習で知ることが、子どもたちの未来の力になると信じています。
受賞者インタビュー
『自由すぎる研究EXPO』さんぽう賞
「現代美術を観ることが好きで、最近は描くことも好きになりました!」と語る宮原さん。経済学についても中学生とは思えない知識量で熱く語っていただいた。今回は、発表の内容から今後の目標まで紹介する。
今回の大会で発表した、格差のない社会を実現する方法の一つである「物的ベーシックインカム」は、第一次産業を資本主義の社会から切り離し、生存に必要不可欠な食料を権利として受け取ることの出来る仕組みです。現在も生活保護のような制度は存在しますが、申請や手続きが必要なため制度を利用するハードルが高い人、制度を知らない人もいると思います。しかし「物的ベーシックインカム」はあくまで権利ですので、受け取る品物の対価としてお金を支払う必要がありません。その代わり、食料を生産する第一次産業に一定の期間従事する義務を負います。この仕組みを作ることで、人々の生活への不安を取り除き、より自由で豊かな人生を実現することが出来ると考えています。
僕が社会的な問題に疑問を持ち始めたのは、小学生の時です。僕は人と話すことが得意だったり、友達がたくさんいたりするタイプではなく、小学校という場であまり活躍できていないという思いがありました。しかし、日本社会では学校や会社といった活躍するための場がほとんど決まっており、なぜ決まった場所しかないのかという疑問を持ちました。当時は気づいていませんでしたが、今ではその疑問が社会問題について考える始まりだったのではないかと思います。また、経済学に興味を持ったのも小学6年生の時です。スタンフォード大学の先生が書いた経済学の本を読んで、経済を自由にすればより社会は良くなるという内容に疑問を持ったことが「物的ベーシックインカム」を考えるきっかけとなりました。
こうした考えや根拠となるデータをまとめる作業は、期限や目標が決まっていないとなかなか難しいため、コンテストに参加することが良い目標になります。さらに、コンテストに参加することで人とのつながりも広がっていきます。また、大会以外にも実社会への関わりもとても重要だと感じています。僕は中学生で実社会について知らない部分も多いため、できるだけ学校での生徒会活動や様々な大人の方との関わりを持ち、実社会に近いものを学ぶ姿勢を大切にしています。
僕が目指しているのは、すべての人々の生活が豊かな世界であって、「物的ベーシックインカム」はその過程の一つです。実現ために、これからは世界のことをより学んでいきたいと考えています。今後は、学校がおこなっている海外での研修プログラムや、幼少期から続けているボーイスカウトの国際交流活動等に積極的に参加するなど、世界中の人と交流するための英語を身に付けて国際性を養い、コスモポリタニズム的な考え方をしていきたいと思っています。まだまだ未熟なところがあり、こんな考え自分に実現できるわけないと思うことも多々ありますが、日々考えを積み重ねて、挑戦を諦めない大人に成長したいです。
さんぽう賞 選考基準
自分の力で課題を見つけ、『未来をカタチにする』という意欲や情熱を感じられる研究(進路まで見据えていると尚良し)
【選考者よりコメント】
1次審査時から大変に興味があり、2次審査のプレゼンテーションを見て、将来的には「物的ベーシックインカム」のような壮大なグランドビジョンを実現する役割を担っていくのだろうなと感じました。今後は厳しい反対意見や無関心さにも負けないように、理論武装や海外モデルの調査、フィールドワーク、そして段階的な導入の具体案作成を進めて、誰もが心動かされるような提案にしてほしいと思います。