大学教授×卒業生 大学教育に込めるもの、大学教育で得たもの|大学Times

大学Times Vol.11(2013年12月発行)

大学教授×卒業生 大学教育に込めるもの、大学教育で得たもの 学びの中に、自分を知るヒントがある それが社会の中の自分につながる

大学での学びが必ずしも該当する領域の専門職に直結するとは限らない。しかし、原点である「学びの場」としての大学に焦点を当てると、職業人教育とは異なる、人間形成を担う場としての大学の姿が見えてくる。今回は東京学芸大学の橋本美保教授と、国際教育専攻で橋本教授に学んだ卒業生大槻茉未さんに、大学時代の大槻さんと現在についてお話を伺うことができた。

―まず、大槻さんに質問させていただきますが、東京学芸大学を選んだきっかけはなんですか?

とにかくたくさんのことを学びたかった

私は高校時代にスポーツをやっていました。そこで、当時の体育の先生から体育教員になってみないかと勧められたのがきっかけで、この大学を知りました。それで、この大学をいろいろ調べていくうちに、国際理解教育課程の国際教育専攻※を知ったんです。日本教育史から伝統文化に関することまで、この専攻ではなんでも学ぶことができる!と思い、この大学で国際教育を学ぶことに決めました。

―大学時代で一番思い出深いことはなんですか?

能楽との出会いが世界を広げる

橋本先生のゼミの卒業生に観世流の能楽師の方がいらっしゃるんですが、私が一年生の時に、その方の能楽イベントを見てみないかと先生からお声をかけていただきました。その方の能を見てから能楽に対する興味が以前に増して強くなり、それをきっかけにとうとうイベントの企画・運営に参加するようにまでなりました。イベントに加わったことで自分の世界が広がり、とても素敵な経験ができたと思っています。

―橋本先生から見た大槻さんはどんな学生でしたか?

本人の希望と学びのマッチが意欲につながる

やはり、変わった学生という印象が強いですね。活動的で、自分がやろうと思ったことに突き進むタイプ。

国際教育に関心のある学生は日本を知らないままに海外へ興味が向く人が多いのですが、大槻さんは日本の伝統文化に非常に関心のある学生でした。国際教育学の課題である、日本の文化を世界と繋げ、世界の中の日本を知るという考え方が、彼女のやりたいことにマッチしたんでしょうね。とても意欲的な学生でした。

―大槻さんは現在、出版社の編集のお仕事をなさっていますが、なぜその仕事を選ばれたのでしょう?

大学時代の経験をもとにして考え、選択した現在の職業

私は仏像が好きで、奈良・京都へよく旅行へ行き、仏像スクラップのようなものを作っていました。仏像の写真をレイアウトして自分でキャプションを書いたりしているうちに、ものを書くことも楽しいなと思い始めました。それと、能楽イベントの企画に加わった時のことですが、私は協賛を担当していました。協賛というのは企業や老舗店舗の方々にイベントの意図を伝え、スポンサーになっていただくよう依頼する営業的な業務ですが、人と会ってその人から何かを引き出すのは楽しいなと漠然と思ったのです。一時はものづくりをしたいとも考えましたが、そういう経験から、よいものを人に媒介する編集という仕事が面白そうだと思って出版社を志望しました。

大槻さんの仏像スクラップ

―現在の大槻さんについてどういう感 想をお持ちですか?

価値観を伝える立場としての仕事

ああ、こうきたか、という感じです。先ほどもお話しした通り、彼女は学ぶということを、ものすごく楽しんでいましたからね。凝り性というのか、卒業論文も日本文化の歴史の中から選んできました。他の学生は外国支援など、国際教育らしい形のテーマを選んで発表するのですが、彼女は本当に日本文化一直線。卒論の過程を発表する時も、その場に居合わせた人全員が「彼女が一番楽しそうだ」という印象を持っていましたね。在学中のそういう姿を見ているので、彼女が自分の価値観をうまく伝えなければならない、何かを媒介する仕事に就いたのは、なるほどと思っています。

―橋本先生の授業で印象深かったことを教えてください。

論文作成は大変でしたがとても楽しいプロセスでした

論文作成の指導をしていただいた時は本当に橋本先生のクラスでよかったなあと思いました。卒論は何を書いても自由だったんですよ。そこで私は仏師について調べたいと考えたのですが、最終的に明治初期の教導職について書くことに落ち着きました。はじめて取り組むテーマに四苦八苦しながらも、橋本先生が冷静なアドバイスをくださったおかげで、論文をまとめていくプロセスはとても楽しいものになりました。他の大学へ進学した友人などから、書きたいことを軌道修正しているうちに論文のテーマが変わってしまったなどと聞いていたので、最初から最後までひとつのテーマについて書くことができた私は、本当に恵まれていたんだな、と。論文作成中の橋本先生のご指導の中で、一番印象に残っているのは「書かないと終わらない」という言葉です。楽しかったとは言いましたが、自分が書きたいことをまとめる作業はやはり苦しいんですよ。でも書かないと終わらない。まったくその通りだなと思いました。これは今の私の仕事にも通じることなので、ずっと心に残っている言葉です。

―最後に橋本先生に質問させていただきます。橋本先生は学びを通して学生たちに何を伝えたいと思っていらっしゃいますか?

人間形成を促す学び

まず、教育というと「技術伝習」という言葉が思い浮かびます。職業的な技術を学ぶという意味ですね。私が日本教育史の授業を進める中で、学生たちに技術を伝えるという意味では先ほどお話に出た論文指導などがそれにあたるのかなと思います。しかし、その指導のプロセスの奥には技術とは違う他の領域のものがあるのではないかと思います。

教員を目指す学生に対しては、教員になりうる人材を育てるという目的以外に、結果的に私自身が理想とする教師像を伝えていくということになるかもしれません。そして、大槻さんのように、教職課程をとっていない学生に対しては、人間社会の中で自分がどう生きるのか、何ができるのかを知り、それを生かしていく方法を考える手助けをしていければよいかなと。伝えるというより、学びを通して人間形成の一助ができればよいと思っています。

※2010年度から初等教育教員養成課程国際教育選修へ組織変更

渡辺敦司氏

【プロフィール】

橋本美保(はしもと みほ)

東京学芸大学教授
総合教育科学群国際教育教室
専門分野は教育史、カリキュラム
現在の研究課題は日本の新教育思想、カリキュラム史、国際教育交流史
著書は「プロジェクト活動」(共著、東京大学出版会、2012)

渡辺敦司氏

【プロフィール】

大槻茉未(おおつき まみ)

東京学芸大学国際理解教育課程国際教育専攻にて橋本美保教授に師事
卒業後は株式会社世界文化社にて「MEN’S Ex」編集部に配属、編集部員として多忙な毎日を送る