保育・幼児教育特集スペシャルインタビュー
大学・社会人ではもう遅い?「自分で考えて行動する」ための人材育成は幼児教育がカギ
~経済界も注目・エリートを輩出するモンテッソーリ教育とは~
日本モンテッソーリ教育綜合研究所
大学Times Vol.47(2023年1月発行)

予測困難な現代、学力においては「知識・技能」だけでなく「主体性」や「判断力」などの重要性が叫ばれて久しい。世界ではGAFA創立者など、新しい発想で現代社会をリードする人物がこぞって幼少期に学んでいた「モンテッソーリ教育」が今、注目されている。将棋の藤井聡太五冠が幼稚園で受け、経済界も一目置く教育とは何か、日本モンテッソーリ教育綜合研究所の櫻井美砂主任研究員に話を伺った。

日本モンテッソーリ教育綜合研究所附属『子どもの家』副園長
日本モンテッソーリ教育綜合研究所主任研究員
櫻井 美砂(さくらい みさ)
日本女子大学家政学部 児童学科卒業 同大学院(人間社会研究科 教育学専攻)在学中。日本モンテッソーリ教育綜合研究所・教師養成通信教育講座「3歳~6歳コース」「0歳~3歳コース」ディプロマ取得。MOMTEP(ミズーリ州セントルイス)にてAMS 2歳半~6歳コース資格取得。保育士資格・幼稚園教諭一種免許状・小学校教諭一種免許状取得
モンテッソーリ教育の創始
イタリアの医師マリア・モンテッソーリ(1870‐1952)が精神発達遅滞児向けに開発した教育。当時の一般的な学校教育とは一線を画し、感覚教具を用いて自己教育力を促すことで知的成長の成果をもたらした。後にスラム街に住む健常者の未就学児教育にも拡大、情緒面の安定にも効果を発揮し、地域の治安維持にも寄与した。子どもは自分のやりたいものと出会い、それに集中することでいかに能力を発揮させるか、大人はそのための“環境づくり” に注力するのが特徴。モンテッソーリ教育の成功が記録された本がベストセラーとなり世界中に伝わった1907年以降が第1期ブームとされている。
アメリカでは初等教育のエリート育成として上流社会に普及
モンテッソーリ教育は、1960年代のアメリカで再び脚光を浴びました。それまで宇宙開発で世界をリードしていたアメリカが、1957年ソ連の人類初人工衛星の打ち上げ成功で先を越されて【スプートニク・ショック】に陥り、翌年には新世代の技術者養成のための教育計画が開始、初等教育における算数教育など根本的な改革が行われました。その中でモンテッソーリ教育が見直されたのです。しかし創始時のような社会的弱者を救済するためではなく、上流社会のエリート教育として広まったとされています。
日本でも半世紀以上の歴史
子育てや企業の人材育成にも寄与
私たちは1967年、日本国内におけるモンテッソーリ教育の普及活動をスタートし、2011年より公益財団法人として3つの事業(教育工学研究協議会、日本モンテッソーリ教育綜合研究所、全国児童才能開発コンテスト)を通じて子ども、園、学校、教師、教育委員会への幅広い教育支援活動を行っています。日本モンテッソーリ教育綜合研究所では、①教師養成通信教育講座②実践研修(スクーリングによる短期集中講座)③附属『子どもの家』の運営を行っています。
モンテッソーリ教育では、動き方の獲得を促す『日常生活の練習』や、感覚を洗練し、知性を目覚めさせる『感覚教育』がすべての教育分野の土台として位置づけられています。子ども達はさまざまな活動を通して“感覚を刺激し、動きながら学ぶ”といった子どもの学び方や“自制心”などが育まれていきます。子どもに芽生えた知的活動への興味・関心は『言語教育』『算数教育』『文化教育』に関する活動へとつながっていきます。子どもは自由に動く中で主体性や意志を自分の力で育て、大人は教えるのではなく、あくまで「手伝う」ことを特徴としています。現在は保育士だけでなく、子どもの教育に関心のある父母、祖父母の方をはじめ、企業内の人材教育の一環として学んでいる方もいます。先日も経済同友会に招かれて講演を行いました。いわゆる「指示待ち人間ではなく自分で考えて行動できる人材」の育成を求め、経済界でも幼児期の教育の重要性やモンテッソーリ教育に関心が寄せられているようです。人材の育成は、社会人や大学から始めるのでは遅く、幼児教育の取り組みが重要だと話しています。
大人の価値観で介入し子どもの自己成長力を阻害しない
子どもは自分で育つ力があり、大人はそのためのサポートをする立場にあります。たとえば感覚教具を使うときに、子どもが意味のない行動をとり、同じことを繰り返すと、見ている親は“大人の価値観”から性急に正解を促そうとします。しかし一見意味のないその行動は、本来の子どもの内面からの欲求であり、自分で決めて自分自身の課題として練習し、やり遂げる力を身に付けている途上に過ぎません。子どもの間違いが許せない親は、早く解決するよう介入してしまいますが、特に1歳半児の親子クラスでは、大人と子どもの距離感の重要性を話しています。大人は“待つ” ことで本当の子どもの姿を知り、180度見方も変わります。すると「気持ちが楽になった」と余裕をもって子どもの行動を見守ることができるようになるのです。
指示待ちの子どもをつくらない教員の柔軟性と創意工夫
大人の指示を待つ子どもは、既成概念を破ることができません。『子どもの家』では座る席もやることも自由なので、入園当初の園児の中には、どうしたらいいかわからないと、自由に対する所在なさを示すこともあります。これは大人の考えに子どもが合わせ、指示待ちに育ててしまった表れです。モンテッソーリ教育では教員が観察力と柔軟性を発揮し、子どもに合わせてアレンジし工夫することで、主体性を引き出す教育を行っています。
自由に行動して「自分で決める」という、子どもの中の個の力を発揮するための意思を育むことは、決して放任することではありません。年齢的にも(2歳半~6歳)社会ルールを守ることを学ぶ時期ですので、『子どもの家』では同じ教具を使うために順番を待つことや、元の場所に戻す行動から自制心や社会性も学んでいきます。
子どもの興味への種をまく“魅力的な伝え方”の重要性
教員も1年ごとのテーマを決め、子どもと一緒に調べながら“新しい挑戦への楽しさ”を示していきます。その中で自分の好きなことや興味のあることを見つけて集中し、知識を深めることで“自分で学ぶ素地” ができていくのです。世界のすべてが興味の対象となるよう、教員は得意な分野など幅広い見地から、子どもたちへ興味の種まきとなる“魅力的な伝え方”のスキルを磨くことを大切にしています。
今後のテーマとして、幼児教育で子どもたちの興味の種が芽生えた後、小学校へのバトンをいかに渡すかがカギを握っていると考えます。残念ながら、現在は幼児教育の重要性が伝えきれていないと感じており、さまざまな活動を行っています。平和な社会をつくるためには、子どもの教育が重要です。幼児教育は人間形成にも関わる責任があり、教員も質の高いスキルが求められますが、子どもを通して自分自身が成長できる、やりがいある仕事です。

