連載シリーズ専門職大学特集③副学部長インタビュー
従来の理学療法士に留まらず社会の一員として10年後を考え経済を回せる医療人として成長してほしい
~東京保健医療専門職大学~
大学Times Vol.47(2023年1月発行)

理学療法士を養成する教育機関は全国で279校を数え、昨年の国家試験合格者は1万人を超えた。今や「資格を取れば将来は安泰」ではないそうだ。理学療法士としてどうありたいか、その職業観を大学生のうちから考え、自発的に行動しなければ将来、専門職として生き残ることは難しい。医療人として次の時代を生き抜くためのヒントとなる「新しい学び」が、専門職大学にはあるという。鳥居昭久リハビリテーション学部副学部長に話を伺った。

東京保健医療専門職大学
リハビリテーション学部 理学療法学科
副学部長 教務部長 准教授
鳥居 昭久(とりい あきひさ)
理学療法とは治療法の一つ
日本に導入された歴史的背景
治療医学には4つのカテゴリー(①薬を飲み食事から治癒をめざす内科学、②手術などを施して治療する外科学、③カウンセリングなどを行う精神医学、 ④身体を温め電気や光を当てて快方に導く物理医学)があり、理学療法は物理医学にあたります。
日本には長年リハビリテーションという概念がなく、湯治(とうじ)という温泉熱や成分を利用した温泉療法がそれに近いとされていました。第二次世界大戦後、日本にもリハビリテーションの概念が広がり、 1965年に理学療法士および作業療法士法が施行、 1966年に初めての国家試験が実施されて、日本における理学療法士が誕生し、今日に至っています。
同じリハビリテーションでも似て非なる理学療法と作業療法
リハビリテーションという言葉は「再び適した状態にする」という意味があり、医学用語が語源ではありません。第二次世界大戦後、傷ついた元兵士が世界中に溢れ、さらにポリオ(脊髄性小児まひ)の大流行によって障がい者も増えました。社会復興のためには単に外科・内科の治療だけでなく、貴重な労働力として体力をつけて元の生活に戻さなければならないことから、現在のリハビリテーションという概念が定着しました。そのリハビリテーションの中で、理学療法士と作業療法士が協働しています。理学療法は筋肉など機能の強化にフォーカスし、作業療法はさまざまな方法(例:道具の持ち方や道具の形状の工夫など)を考えて能力向上にアプローチするという違いがあります。

改革が必至の理学療法士
これからは“予防”がキーワードに
理学療法士が将来的になくなる職業に数えられているのは「今のままではいけない」という警鐘に過ぎません。国試対策のみに注力する養成機関も散見されますが、今や資格取得だけでは生き残れない、厳しい世界だという現れなのです。高齢者は必ずしも生産人口とはいえず、経済を循環させる立場にないので「高齢者が増えるから現在の医療業界は成長産業」ではないことを、平素から学生にも話しています。理学療法士も改革が求められているのです。
その中で重要視され始めたのが健康科学です。健康寿命という言葉を耳にするようになりましたが、長寿大国といわれる日本でも男性9年間、女性12年間は誰かの世話を受けないと生活できないといわれており、これを防いでいかに「寝たきりにならず天寿を全うするか」が課題となっています。例えば健康の概念を考える上でカギとなるのは「20歳までの骨貯金」です。加齢によっていかに骨密度を下げないか、高齢者は寝たきりにならないよう自立を目指し、若い人は20歳までの成長期にいかに適した栄養を摂り、出産子育てに備えるかが大切です。病気にならない元気な高齢者をめざして、最近はフレイルや認知症予防の観点から自治体が予算をかけるようになり、理学療法士が活躍できる医療機関以外のフィールドが広がり始めています。
これからは“予防”をキーワードに、経済を循環させる仕組みを考えなければ将来的に理学療法士という職業が成り立たないことを肝に銘じ、大学教員は国家資格取得がゴールではなく、学生が10年後に生き残れる人材として、在学中から将来像を醸成できるようサポートしなければならないと考えています。

これからの理学療法士としてどう生きるか
専門職大学には考えるヒントを得る学びがある
専門職大学は、専門教育だけでなく、たとえば経営学など隣接他分野を学ぶ特徴があります。これは「これからどう生き残れるか」を学生ひとり一人が考えるためのヒントを与えるためのものです。学生は自分の人生を自分で考える必要があり、指示待ち人間のような受け身の姿勢でサービスを求めていては、そのヒントを自分のものにはできません。1期生はこの春に4年生となり、就職活動も始まりますが、待遇面など「いい病院はどこですか」ではなく、自分がこれから「どんな仕事がしたいのか」「どう成長したいのか」を考え、社会の一員として先を見越して経済を循環させる人材になることをまず念頭に置いてほしいです。そして、現在の保険制度の下、理学療法の診療報酬は理学療法士が施術する限り一律ですから、患者さんから指名されるような人格と技量を持った理学療法士にならなければ生き残れません。

自ら進んで行動し現場を見て学ぶ下積み経験の大切さ
さらに専門職としてその先を見据え、いわゆる下積みのような学生時代にしかできないことにも積極的に参加して、その大切さを実感してほしいという願いもあります。私は日本パラスポーツ協会公認のスポーツトレーナーとして2021年東京五輪パラリンピック代表チームに帯同しましたが、長年積み上げたキャリアについて興味があれば、学生はその現場にも足を運んで見ることもできるし、スポーツ理学療法については出身高校の部活見学からも学ぶヒントがあることを、自ら動いて直接感じ取ってもらいたいです。大学生のうちは体力も時間もあるので、さまざまな興味関心から何を受け取って行動できるか、実務家教員の多い専門職大学にはそのヒントもチャンスも多いので、学生は自ら進んで行動してほしいと思います。
地元自治体とも連携し新しい教育をどう進めるか
本学の地元・東京都江東区と福祉連携を締結して1年が経ちました。江東区は都内でも人口が多く、若者の多い臨海部だけでなく、古くからの街には高齢者が多いのが特徴です。自治体が主体となった、認知症予防のための高齢者向けサービスや、障がい者向けのサービスが今後定着すれば、そのあとに民間企業も追随する可能性があり、理学療法士の活躍の場がさらに広がるでしょう。また、今年度から区内の学校(小・中・高等学校)での出前講義も始まりました。子どものうちから健康についての大切さを知ってもらうことが重要だと考えます。
専門職大学の真価が問われるのは10年後
高校生の皆さんには、是非とも“自分で取りにいく夢”を持ってほしいです。夢が逃げていくのではなく、自分が夢から逃げているのだと感じています。そのためには、目の前のことよりも10年後を考えて行動してほしいと学生にも話しています。そして10年後、本学の卒業生から多彩な医療人が輩出するよう願っています。