【特集】「入学前教育」「初年次教育」特集|大学Times

大学Times Vol.9(2013年6月発行)

【特集】「入学前教育」「初年次教育」特集 次世代の人材育成には高校と大学の連携が必須

大学の入学前教育や初年次教育が広がっている。しかし、その重要性がどれだけ理解されているだろうか。「大学全入時代」のみならずグローバル化と知的基盤社会の到来を迎え、高校と大学の関係者が連携して次代を担う人材の育成に真剣に取り組むことが求められている。

実は連続していない高校と大学の教育

大学にとって入学前教育や初年次教育は、今や当たり前になっている。文部科学省の調査によると、2009年度の段階で既に84%(前年度比2ポイント増)に当たる617大学(同22大学増)が初年次教育を実施。国立大学でも86大学中76大学を占める。調査項目にはないものの、推薦・AO入試の拡大に伴って、合格者に入学前教育として課題を与える大学が増えていることも確実だ。そのこと自体は、早期に進路が決定した者を卒業までにどう指導しようかと悩む高校現場にも歓迎されるところだろう。

こうした入学前教育や初年次教育を大学教育や高校教育の問題として、あるいは「高大接続」の問題としてどう捉えるか。言うまでもなく大学入試は、高校から大学へ移行する際の「接点」の中心となる。だからこそ進学者の多い高校ほど、大学入試「対策」に力を入れざるを得ない。大学入試の在り方が高校教育に大きな影響を与えてきたのも事実だし、「大学入試が変わらなければ高校教育は変わら(れ)ない」というのも現実にはよく分かる。高校側が高校教育に配慮した大学入試を求めるのも、ある意味では当然だ。

その上で今あえて認識しなければならないのは、高校教育と大学教育はもともと義務教育と高校教育のように「連続」してはいないということだ。歴史的にみても明治以来、義務教育と高等教育は別個に発足し、発展してきた。単線型教育体系が整った第2次大戦後においても、学習指導要領によって体系立てられた高校以下のカリキュラムと、学問体系に基づいた大学のカリキュラムに必ずしも教育上の整合性が図られたわけではなかった。高校以下の教科も学問体系を背景にしていたこと、進学率が高くなかったことで、その非連続性が顕在化しなかっただけのことだ。

4月末に開かれた中央教育審議会の高大接続特別部会で、象徴的なシーンがあった。それまでの審議状況として文部科学省事務局が示した「高校教育との円滑な接続のため、入試において高校教育で育成することを目指している汎用的能力等を測定することが必要」というペーパーに対し、委員の濱名篤・関西国際大学長が「そんな議論はしていない。大学入試は高校教育で何を学んできたかに限定されるものではなく、大学教育を学ぶために必要な資質を持っているかどうかを測定するものだ」と指摘すると、部会長の安西祐一郎・日本学術振興会理事長(前慶應義塾長)も「同じ思いだ。高校卒業と大学に入ることは分けて考えるべきだ」と応じたのだ。

大学入試は、高校教育の成果を測るものではない_。冷静に考えれば分かることだが、この意味をよくよく認識しておかなければならない。

大学全入時代を迎えて「非連続」が浮き彫りに

大学進学率が低かった時代には、難関の入試に合格しさえすれば「大学教育を受けるに足る能力」が保証された。あるいは、そう信じられてきたと言っていい。入試にパスできる高い学力を身に付ければ、大学でも必要とされる思考力や学び方も当然身に付くはずだ、という考え方である。しかし今や4年制大学進学率は50%を超え、えり好みしなければどこかに入れる実質的な「大学全入時代」を迎えている。かつては大学に入れなかった学力層の生徒も、進学できるようになった。昔に比べて大学生の学力が低下したと言われるが、入学者層が広がったのだから当然だ。大学生の学力低下は、何も偏差値下位層の大学に限ったことではない。少子化に見合った入学定員の削減を行わない限り、トップクラスの大学であっても相対的に受験者の学力層は広がらざるを得ない。以前のように、期待する学力層を大学入試だけで維持することは構造的に無理なのだ。地方国立大学や中堅クラスの大学では、もっと深刻な事態を招いていよう。

学力以上に問題なのが、学習意欲の低下だ。しかも意欲の低下は、受験段階からある。進学指導に力を入れている高校でも、生徒が「上」の大学を目指さずに「楽して入れる大学」を志向するのに悩んでいることだろう。全入時代にあっては、昔ほど大学入試が学習動機につながらないことは明らかだ。受験勉強に対するモチベーションを持たせ、維持させるにも、別の手だてを考えなければならなくなっている。

こまごま述べてきたことは、高校の意識的な進路指導担当者なら先刻承知のことばかりであろう。それでもあえて指摘したいのは、そうした問題認識が実際の指導につながっているかどうか、である。

入学後に伸びる力のためにも高校教育のあるべき姿の追求を

先に、中教審の高大接続部会の一場面を紹介した。同部会が設置されたのは昨年8月、当時の平野博文文部科学相から諮問を受けてのことだが、もともとのきっかけは同日の中教審総会で答申された「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」(質的転換答申)の審議改訂にあった。

全入時代を迎えているだけでなく、グローバル化など社会の変化に伴って大学教育は大転換を迫られている。知識基盤社会にあっては知識をたくさん覚えていることは、昔ほど意味をなさない。知識を活用して問題を発見し、正解のないところから最適解を見いだす問題解決能力が一層問われる。それはトップレベルの大学に限らない。これからの社会で活躍する大卒人材には、大なり小なり求められることだ。第2期教育振興基本計画の中で教育全体を貫く目標として「社会を生き抜く力の養成」を掲げ、幼稚園から高校までの初等中等教育では自ら学び、考え、行動する力など「生きる力」を、大学以降では「課題探求能力」を育成すべきだとしているのも、そのためだ。

どれだけ社会に有意な人材を輩出できるかが、大学自体の浮沈を左右する。だからこそ入学後の円滑な教育につなげようと、大学は必死になって入学前教育や初年次教育に取り組んでいるのだと言えよう。それに対して、高校側の指導はいまだに大学入試に依存した「合格指導」が中心になっていないだろうか。

高大接続では「入試接続」よりも「教育接続」が、いっそう重要性を増している。大学入試をパスできる能力だけでなく、大学に入ってから伸びる力をこそ育成しなければならない。そのために何が必要か、高校と大学の関係者が知恵を絞り、協力して実践していくことが求められる。それは取りも直さず、高校教育のあるべき姿を大切にすることでもある。

【アンケート】「入学前教育」「初年次教育」において期待する効果(PDFが開きます)

渡辺敦司氏

【プロフィール】

渡辺敦司(わたなべあつし)

教育ジャーナリスト。日本教育新聞記者として文部省(当時)、進路指導・高校教育改革などを担当した後、1998年からフリーに。
教育専門誌やサイトに執筆多数。
ブログ「教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説」
http://ejwatanabe.cocolog-nifty.com/blog/